山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

▼204号 「長野・修那羅峠の山ノ神さま」

【概略】
ユニークな石仏で有名な修那羅峠。歩道の両わきには500体もの石
神、石仏がならんでいる。その北東の隅にある山ノ神は子授け、安
産、婦人病の神。なかに女神像をまつった木祠は奉納された色とり
どりの女性の下着でいっぱいでそばにいるのがはばかられる。
・長野県筑北村と青木村との堺

▼204号 「長野・修那羅峠の山ノ神さま」

各地の峠や村の辻にたたずむこけむした石仏は、見ているだけでな
んとなく人の心をなごませてくれます。石仏といえば、奇抜な形と
数の多さで有名なのが修那羅峠(しょならとうげ)が有名です。

修那羅峠は長野県上田市の西方、小県郡青木村と筑北村(旧坂井村)
の境にある峠。ここにある石神石仏はどれも奇抜なしており、庶民
の願いがこもったものばかりです。

峠の山道にには500体もの石仏がズラリとならんでいてそれは見事
です。制作者は不明なのだそうで、石仏には江戸時代末期の安政年
間(1854〜60年)から文久年間(1861〜4)、明治にかけてなどの
年号が刻まれているものも多い。

山頂近くにこれらの石仏を管理する安宮神社があって、裏山の細い
道に沿って石神石仏が一列にズラッとならびます。

その細い遊歩道を観光客はカメラを手に体をそらして道を譲り合い
ながら行き違っています。それでも人気のある石仏があって、それ
ぞれ人だかりがしています。

その主要部分からはずれて、北東の隅に山ノ神の祠がまつられてい
ます。このあたりは人影もまばら。ここの神は子授け、安産、婦人
病の神なのだそうです。

恐れながら木の祠の中を覗くと、女神像が鎮座ましましています。
祠のまわりには色とりどりの女性の下着が奉納され、男ひとりでは
近寄りがたい風景をしています。

しっとりと落ち着いたほかの石仏にくらべ、ここの祠はなんともハ
デハデ。まごまごしていると誤解を受けそうです。これはこれはと、
早々に退散に致したのでありました。

★【データ】
山名:修那羅峠(しょならとうげ、しゅならとうげ)

・【異名・由来】
由来:シュ・ショ・シュウは湿原のこと、山麓に湿原のある山の峠
(「日本山岳ルーツ大辞典」)

・【所在地】
長野県東筑摩郡筑北村(旧東筑摩郡坂井村)と小県郡長野県青木村
との堺。長野新幹線上田駅からバス四方下車15分で修那羅山。地形
図に地名「修那羅峠・しゅならのルビ」のみ記載。峠より北西方50
3mに安宮神社がある。

・【ご利益】安宮神社
五穀豊穣祈願、家内安全祈願、交通安全祈願、就職祈願、方位除け、
子授け祈顧、養蚕祈願、病気平癒祈願、商売繁昌祈、災難祈除、虫
加持(虫封じ)、鼠除け祈願、安産祈願、就学祈願、金神除け、命


・【位置】
修那羅峠:北緯36度24分15.77秒、東経138度06分04.46秒

・【地図】
2万5千分の1地形図「信濃西条(長野)」

【山行】長野県修那羅山から姨捨山・霊諍山石仏めぐり
・某年)4月15日(日・くもり)探訪

【参考】
・パンフ「安宮神社縁起」(安宮神社)
・「信州の石仏」(文一総合出版)1980年(昭和55)
・「信州百峠・改訂普及版」井出孫六・市川健夫監修(郷土出版社)
1995年(平成7)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよた 時】

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