とよだ 時・山の伝承民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼202号 「北ア・前穂北尾根恐竜の幻覚」

【概略】
前穂高岳から屏風岩ノ頭へのびる北尾根は、まるで恐竜の背びれの
ような形。5月、涸沢はまだ雪の真っ只中。満員の五、六のコルを
避け、四、五のコルから登りはじめる。稜線に出ると向こう側に上
高地の赤い屋根の建物。快晴の最高の登はん日和だった。
・長野県松本市と岐阜県高山市

▼202号 「北ア・前穂北尾根恐竜の幻覚」

北アルプス穂高連峰の前穂高岳から北北東側・屏風岩ノ頭へのびる
北尾根があります。この尾根はピークがいくつかあって、まるで恐
竜の背びれのように盛り上がっています。

涸沢カールからこの尾根に取りついて登はんするコースは、ザイル
やアイゼンの技術のコースだとか。稜線に出ると向こう側に上高地
の赤い屋根の建物が見えたり、景観は圧巻で登山者の間で人気があ
ります。

5月、涸沢はまだ雪の真っ只中でした。北尾根登坂のためカールの
なかを尾根に行こうとしますが、通常ルートの「五、六のコル」は
押すな押すなの人だかり。

この調子ではいつになったら取りつけるか分かりません。それなら
ばと、もうひとつ上の取り付き口「四、五のコル」から登りはじめ
ました。

コルに登ってみると、ここでテントを張ったのか、雪を整地し風よ
けのブロックを積んだあとがあります。天気は快晴、最高の登はん
日和です。

慎重に慎重にと登りつぎ、にぎやかな前穂高岳について大休止。熱
いコーヒーでのどをうるおします。

帰りは吊り尾根から奥穂高岳・奥穂山荘から涸沢テント場に向かい
ます。途中、雪の中にべっとりと血のついた跡があります。こんな
ところで何があったのでしょうか。

血のついた跡を除けながら奥穂山荘に降りる鉄ばしごにとりつき、
はるか彼方の涸沢カールのテント場に向かったのでありました。

★【データ】
山名:前穂高岳(まえほたかだけ)

・【所在地】
長野県松本市安曇(旧南安曇郡安曇村)。松本電鉄新島々からバス
上高地下車、重太郎新道経由歩いて7時間で前穂高岳。一等三角点
(3090.2m)がある。地形図に山名と三角点の標高の記載あり。付
近に何も記載なし。

・【名山】
「日本百名山」(深田久弥選定):穂高岳としては第55番選定(日本
二百名山、日本三百名山にも含まれる)
「新日本百名山」(岩崎元郎選定):奥穂高岳は第64番選定
「信州百名山」(清水栄一選定):穂高岳としては第69番選定
「花の百名山」(田中澄江選定・1981年):西穂高岳は第73 番選定

・【位置】
三角点:北緯36度16分55秒、東経137度39分38秒

・【地図】
2万5千分の1地形図「穂高岳(高山)」。5万分の1地形図「高山
−上高地」

・【山行】
第4日目:1986年(昭和61)5月5日(月・晴れ):1986年(昭和6
1)5月2日(金)〜6日(火)「新宿西口センタービル前バス・上高
地・涸沢(泊)・北穂高往復・奥穂高小屋往復(泊)・前穂北尾根・
前穂高岳・奥穂高岳・涸沢(泊)・上高地・松本駅・新宿駅」:「穂
高・涸沢合宿・前穂北尾根」東京野歩路会

・【参考文献】
「角川日本地名大辞典20・長野」(角川書店)1991年(平成3)
「信州山岳百科・1」(信濃毎日新聞社)1983年(昭和58)
「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
「日本山岳ルーツ大辞典」村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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山旅イラスト【ひとり画通信】
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