山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

▼175号 「南ア・荒川三山東岳(悪沢岳)の祠」

【概略】
荒川岳は前岳と中岳、東岳の三山の総称。ここも信仰の山で名取直
江、堀本丈吉、堀本丈吉らが盛んに登拝したという。明治42年、
小島烏水らが登ったとき白木造りの祠と荒川大明神の木札があった
という。いまも山頂にこわれた木祠がころがっている。
・静岡市と長野県大鹿村

▼175号 「南ア・荒川三山東岳(悪沢岳)の祠」

南アルプスの盟主・赤石岳の北方にそびえる荒川岳は、前岳と中岳、
東岳の三山の総称です。これは長野県側から見ての呼び方だそうで
す。いずれも標高3000mを超す山です。

その名は長野県側西麓の大鹿村を流れる渋川の支流荒川の源頭にあ
るためについたといわれています。この荒川岳のなかの東岳を、静
岡側では悪沢岳と呼んでいるそうです。

この山の開山は明治19年、山梨県芦安村の名取直江という人で、
前岳と東岳に登ったという。また同じ年に静岡県豊丘村の堀本丈吉
という人も敬神講先達として中岳と東岳に登ったといいます。

さらに山の西側、長野県豊岡村の堀本丈吉という人は、以前から三
峰講社を結成し、何度か講社員登拝の案内をしていたとも伝えます。

昔は東岳(悪沢岳)山頂に三峰神をまつってあったという記録もあ
り、明治42年、小島烏水らがここに登ってみると白木造りの祠と
荒川大明神の木札があったという。

いま(1984年8月13日現在)山頂にあるこわれた木祠がころがっ
ているのははたしてどの神のものでありましょうか。ちなみに測量
登山は1904年(明治37)に行われ、臼井由清が三等三角点を設置
したそうです。

▼【データ】
【山名】・別称:東岳、地蔵ヶ岳。東岳は長野県側の呼び方。悪沢
岳は山梨県側の呼び方。地蔵ヶ岳は静岡県側の呼び方。

【所在地】
・静岡県静岡市と長野県下伊那郡大鹿村との境。大井川鉄道井川駅か
らバス、畑薙第一ダムから送迎バス、椹島から歩いて9時間30分で
荒川三山東岳(悪沢岳)。写真測量による標高点(3141m)がある。
地形図に東岳(悪沢岳)の文字と標高点の標高の記載あり。

【位置】
・標高点:北緯35度30分02.61秒、東経138度10分56.73秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「赤石岳(甲府)」or「塩見岳(甲府)」(2
図葉名と重なる)

【参考文献】
・「角川日本地名大辞典20・長野県」市川健夫ほか編(角川書店)
1990年(平成2)
・「角川日本地名大辞典22・静岡県」小和田哲男ほか編(角川書店)
1982年(昭和57)
・「信州山岳百科・2」(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「日本山岳ルーツ大辞典」村石利夫(竹書房)1997年(平成9)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

………………………………………………………………………………………………
山旅イラスト【ひとり画通信】
題名一覧へ戻る