とよた 時・山岳ゆ-もぁ画
山旅漫歩゚【ひとり画通信】

▼162号「奥多摩・石尾根の七ツ石」

【概略】
奥多摩石尾根の七ツ石山にはおおざっぱに7つほどの大岩がある。
山頂直下の「七ツ石神社」は、承平、天慶の乱で藤原秀郷・平貞盛
らの連合軍に破れた平将門をまつり、かつては勝負師の神として各
地から親分衆がお参りに集まったという。
・東京都奥多摩町と山梨県丹波山村の境

▼162号「奥多摩・石尾根の七ツ石」

東京都の最高峰・雲取山(2017m)から東南にのびる石尾根。その
尾根上に七ツ石山というピークがあります。その名前の通り、大岩
が大ざっぱに数えて7つほど立っています。

ここにも将門伝説が生きています。平安時代前半のご存じ「承平、
天慶の乱(じょうへい・てんぎょうのらん)」。藤原秀郷・平貞盛ら
の連合軍が将門軍が農繁期で軍を解散した時をねらって不意打ちを
し、討ち取ったという乱です。

追われた平将門一行は奥多摩山中のこのあたりに陣取りました。将
門はひそかに6人の影武者をわら人形でつくり、そのまん中に立っ
て、追って来た連合軍に立ち向かいました。

「さあどこからでも射てみよ!」。迷う秀郷に「口から白いものが
たなびくのが本物なり」という成田不動のお告げがあったという。
藤原秀郷のはなった矢は誤たず本物の将門に命中。

とたんに7人の武者は岩になったというのです。山頂直下にある「七
ツ石神社」はその将門をまつり、かつては勝負師の神として各地か
ら親分衆がお参りに集まったといいます。祭日は毎年4月8日だそ
うです。

▼【データ】
【山名】七ッ石山:七ツ(ななつ)は斜面のことで斜面に石の多い
山との説もある。

【所在地】
・東京都西多摩郡奥多摩町と山梨県北都留郡丹波山村の境。JR青
梅線奥多摩町からバス雲取山登山口、さらに歩いて3時間15分で
七ツ石山。三等三角点(1757.3m)がある。地形図に山名と三角点
の標高の記載あり。付近に何も記載なし。

【位置】
・【三角点】緯度経度:北緯35度49分47.22秒、東経138度57分
42.45秒(電子国土ポータルWebシステムから検索)

【基準点の詳細】
・基準点:(基準点コード:TR35338579701)(点名:七ツ石)(冠
字選点番号:張 11)(種別等級:三等三角点)(基準点成果状態
:正常)(地形図:甲府−丹波)(測地系:世界測地系)(緯度経度
:緯度 35°49′47.078、経度 138°57′42.4874)(標高:
1757.30m)(基準点現況状態:正常 19960915)(所在地:記載なし)
(点の記図閲覧:×)(国土地理院「基準点成果等閲覧サービス」
から検索)

【点の記】
・閲覧不可

【地図】
・2万5千分の1地形図「丹波(甲府)」or「雲取山(甲府)」(2図
葉名と重なる)(国土地理院「地図閲覧サービス」から)。5万分の
1地形図「甲府−丹波」(「電子国土ポータルWebシステム」から検
索)

【山行】
・第2日目:1985年(昭和60)1月27日(日):1985年(昭和60)
1月26日(土)〜27日(日)「三峰口駅・大輪・三峰山頂・霧藻ヶ峰
・白岩小屋・雲取山荘(泊)・雲取山・奥多摩小屋・七ツ石山・鷹
ノ巣山・六ツ石山・・奥多摩駅」:「雲取・鷹ノ巣山」

【参考】
・「奥多摩風土記」大館勇吉著(武蔵野郷土史研究会)1980年(昭
和55)
・「奥秩父の伝説と史話」太田巌著(さきたま出版会)1983年(昭
和58)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよた 時】

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