山旅通信【伝承と神話の百名山】とよだ 時

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▼1115-(百伝01)鳥海山「タツノオトシゴと鳥海湖」

【説明略文】
鳥海山の名前のもとになっている鳥海湖。その鳥海湖にタツノオ
トシゴがいると柳田国男が「山島民譚集」の中で書いています。
海のすむものと同じで、古書にも土地の人が難産の女性に持たせ
るとし、1年くらいは生きているとあります。いまでもすんでい
るのでしょうか。確かめる価値はありそうです。
・山形県遊佐町。

【説明本文】は下段にあります。

▼1115-(百伝01)鳥海山「タツノオトシゴと鳥海湖」

【本文】
 東北第二の高峰を誇る鳥海山(標高2229・2m)は、美しい姿形
が印象的です。出羽富士、鳥海富士、秋田富士、飽海山、羽山、
鳥海山、葉山、とりのうみやまなどの異名も盛りだくさん。また
高山植物もたくさん生えていて、チョウカイフスマ、チョウカイ
アザミ、チョウカイチングルマなど、鳥海の名のついたものも多
く分布しています。

 山麓の人々は、山頂にかかる雲の様子を見て天候を予測したり、
山腹に出る雪形で農作業をいつからはじめたらいいかを知ったり
したそうです。海では猟師の目印にもなったといいます。とくに
雪形ははっきりしていて、西麓の吹浦口(大平)では、山腹に種
蒔き爺の残雪の形(雪形)が現れると苗代(なわしろ)づくりを
はじめたといいます。

 この山も役(えん)ノ行者小角(おづぬ)が開いたと伝える山。
「出羽一宮鳥海山縁起」という文書に、白鳳(はくほう)年中(※
通説では白雉(はくち・650年?654年)の別称)、役ノ行者が来
てここをすみかにしていた魑魅魍魎(ちみもうりょう・妖怪変化)
を退治して、岩や石を切り開き、参詣の道を作ったとあります。
さらに「役君自ら岩を彫り、像及び従者の姿を後代に残し給う。
行者岳是(これ)なり」ともあるから、古い古い話ではあります。

 鳥海山という名は、一般的には御浜(おはま)宿舎そばの池・
鳥海湖(鳥ノ海)からついたのだされています。ほかにも平安時
代の陸奥国(むつのくに)の豪族安倍一族の総大将・安倍貞任(あ
べのさだとう)の弟・鳥海弥三郎(安倍宗任・むねとう)の出生
地・岩手県胆沢郡(いさわぐん)金ケ崎町の鳥海柵(とのみのさ
く)の「鳥海」が、山名になったものだとの説もあります。安倍
宗任の子孫の勢力が、あちこちへ移動するに従って、同じ「鳥海」
という地名を各地に残していきました。ここ鳥海山の名も、その
うちのひとつだろうというのです。

 鳥海湖は、山頂から6キロほど下った所にある爆裂火口に水を
湛えた直径200mほどの湖。周辺はニッコウキスゲの大群落が咲
き誇っています。そこから百数十m上の宿舎のとなりには遥拝所
があり、御浜神社を祀ってあります。

 その鳥海湖に不思議な生き物がすんでいるというのです。あの
民俗学者の柳田国男は、その著書『山島民譚集』中のタツノオト
シゴを安産のお守りにする習慣があるとする文があります。その
中で、「…出羽ノ鳥海山ハ頂上ニ鳥海ト云う湖水アリ。不思議ナル
コトニハ海馬(タツノオトシゴ)マタ此ノ湖水ニモ住シ、全ク海
ニ居ル竜ノ荒児ト同物ナリ」と書いています。

 さらに享保(きょうほう)年代の『荘内物語附録』(小寺信正)
という文書からの一文を引用し、海気の雨を醸すときこれが雲に
乗って天に昇り、山の岩に降りてくると伝える。土地の人は難産
の女性にこれを持たせるとあると書いています。また『観恵交話
上巻』という古書からも引用して「古書ニハ之ヲ記シテ鳥海山頂
ノ池ニ長サ六七寸ノ竜アリト云エリ」とあります。

 さらに、一般の人は山に登らず、行者だけが行って海馬を捕ま
えてくる。一年くらいは生きているとみえて、座敷に置いて扇で
あおぐとヒラリヒラリとたてや横に舞い、まるで絵に描いた竜の
ように飛ぶ。1年以上たつと死んでしまうのかあおいでも舞わな
いというと書いています。六、七寸といえば20センチくらいの大
きさ。いまでも棲んでいるのでしょうか。まさに天然記念物もの
です。世の中には不思議な話があるものです。

 ある年の8月、私が訪れたとき、鳥海湖上の遥拝所のまわりは
高山植物が花盛り。これから登る者、下る者それぞれが、昼食を
とったりおやつを食べたりして憩っています。見ると草木の中に
鳥海湖まで続く踏みあとがあります。あの時ちょっと湖まで下っ
てタツノオトシゴを調べていればといまになって悔やまれます。
どなたか見た方がいましたらお話を聞きたいものです。


▼鳥海山新山荒神ヶ岳・【データ】
【所在地】
・山形県飽海郡遊佐町。羽越本線酒田駅の北東28キロ。JR羽越
本線象潟駅からバス、鉾立停留所下車、さらに歩いて5時間半で鳥
海山頂新山。写真測量による標高点(2236m)がある。

【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索
・標高点:北緯39度05分57.83秒、東経140度02分55.95秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「鳥海山(新庄)」


▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典6・山形県』誉田慶恩ほか編(角川書店)
1981年(昭和56)
・『角川日本地名大辞典5・秋田県』新野直吉ほか編(角川書店)
1980年(昭和55)
・『古代山岳信仰遺跡の研究』大和久震平著(名著出版)1990年(平
成2)
・『山岳宗教史研究叢書7・東北霊山と修験道』月光善弘編 (名著
出版)1977年(昭和52)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『東北の山岳信仰』岩崎敏夫(岩崎美術社)1996年(平成8)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・『日本歴史地名大系6・山形の地名』(平凡社)1990年(平成2)
・『日本歴史地名大系5・秋田県の地名』(平凡社)1980年(昭和55)
・『柳田国男全集5』「山島民譚集」(一)柳田国男:(ちくま文庫
・筑摩書房)1989年(平成1)
・『名山の日本史』高橋千劔破(ちはや)(河出書房新社)2004年
(平成16)

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画文
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 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】事務所
山のはがき画の会

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