山旅通信【伝承と神話の百名山】とよだ 時

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▼1113号(百伝13)岩手山座頭清水の鬼と大蛇

【説明略文】(140字)
岩手山は、ふもとの古くから人々に愛された山。そのためいろいろ
な伝説も多い。山ろくの「座頭清水」の七つの泉は、環境庁の「名
水百選」に選ばれています。ここには大蛇がヌシとしてすんでいた
という。ある日地面にもぐりふもとを目指し、七つの頭を出したと
ころに清水が湧いて出ました。それがいまある座頭清水の湧水群な
のだそうです。
・岩手県の雫石町と八幡平市・滝沢村との境

▼1113号(百伝13)岩手山座頭清水の鬼と大蛇

【説明本文】
 岩手山は文字通り岩手県の雫石町と八幡平市・滝沢村との境に
そびえる山(標高2028m)。その呼び名も多く、厳鷲山(がんじゅ)、
岩手富士、南部富士、南部片富士、厳手山、磐手山、岩堤山、霧山
岳、薬師岳、薬師ヶ天井などとあります。

 一般的な呼び名「岩手山」の山名由来にも、いくつもの説があ
ります。凶暴な鬼が改心し、その証拠として岩の上に手形を押し
たとする説。また、玉山村渋民(いまの盛岡市渋民)にある突き
出た巨岩にちなんだ、「岩出の森」からの説。

 そのほかアイヌ語のイワァ・テェケ(岩の手・枝脈)説、イワァ
・テェ(岩地の森林)によるなどの説があります。さらに別名の厳
鷲山というのは、残雪の雪形がワシの形に似ているからとのことで
す。

 山の姿はふもとから眺める角度によって、まるっきり別の形見え
ます。岩手山もその一つ、東の方からの見るとすそ野が長く富士山
に似ています。しかし、西の方からは、全く別の形に見えるために、
「南部片富士」とも呼ばれます。

 岩手山は古い時代にできた西岩手山と、新しくできた東岩手山か
らできています。その姿は、西岩手山火口の東壁の部分を新しい東
岩手山が、覆い被さる形になっています。また有名な「ふるさとの
山に向かひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」の
歌は、石川啄木の歌集『一握の砂(いちあくのすな)』に収められ
ている岩手山を詠んだものだそうです。

 このような自然豊かな岩手山の信仰は、山そのものを神体とする
自然崇拝に、阿弥陀、薬師、観音の三尊の信仰などが加わり、「厳
鷲山大権現」となって、次第に人々の信仰を集めるようになってい
きます。それはまた修験道とも結合していったようです。

 蛇足ながら、この三尊についての伝承もあります。鎌倉時代初頭
に書かれた「陸奥州岩手郡岩鷲山縁起」(建久元年・1190)という
文書に、「本尊阿弥陀、薬師、観音鎮座の由来を尋ぬるに、聖武天
皇の世大和国宝積寺に行基登りければ、大木の根本より光さして
百歳ばかりの老人がおり、行基に向かい其方を待つこと百年余り
なり、この大木で阿弥陀、薬師、観音の三尊を刻めといってから
辰巳をさして飛び去った」との記述もあります。

 この厳鷲の由来についてもいろいろな説明がなされています。
明治7(1874)年の「岩手山神社考証書」には、平安時代の長治年
中(1104〜06)ころ「山上ノ岩ニ鷲?(たびたび)現レテ、其レ
ヨリ厳鷲山ト称シ来(た)レリ」としています。

 また江戸時代の旅行家菅江真澄は、「嵩(かさ・高い所)に鷲の
すがたしたる岩の在れば厳鷲山(ガンジュサン)ととなへ(唱え)、
おいはわし(御岩鷲)といふべきを、もはら語路(語呂)あしく、
はぶきていへり」とあり、本来なら「御岩鷲」(おいわわし)とい
うのを語呂が悪いので「いわて」といったのだと記しています((『菅
江真澄全集第一巻』「岩手の山」)。

 岩手山は、ふもとの古くから人々に愛された山。そのため、「早
池峰、姫神、送仙山との伝説」や「鬼の大猛丸」「奥宮と田村麻呂」
など、いろいろな伝説があります(ほかの作品で発表済み)。以下
はその中のひとつ。この岩手山の北側山ろくには、「座頭清水」と
呼ばれている七つの泉群が湧き出していて、環境庁の「名水百選」
に選ばれています。これらの湧水は、岩手山の滝水が伏流水となっ
てわき出ています。

 この湧水群の伝説です。その昔、この清水から落ちる滝のヌシで、
七つの頭をもつ大蛇がすんでいました。ある日大蛇は、山里に下り
るため、地面の中にもぐりました。地中をあてずっぽうに進んでい
くうちに、地表にあらわれてしまいました。その頭が飛び出たとこ
ろから水が湧きだしました。蛇が頭を出したそこは「蛇頭清水」と
呼ばれました。それがなまっていまの「座頭清水」になったのだそ
うです。

 この清水で目を洗うと、見えない目が見えるようになるといいま
す。かつてここには暴れものの鬼がすんでいたということです。村
人は暮らしが脅かされ、それは困っていました。たまりかねた人々
は相談して、灰のつぶてを鬼に投げつけて目をつぶしてしまいまし
た。鬼はその痛さに苦しみもだえています。

 そこへ清水の神さまがあらわれました。鬼は自分の悪業を悔いあ
やまり、神さまにすがりつきます。清水の神は、鬼の悪業をさとし、
この清水の冷水で目を洗えば治ることを教えてやりました。以来こ
の清水は、ジャド(盲人)(座頭)が治る清水、「座頭清水」と呼び
霊場になったということです。


▼岩手山【データ】
【所在地】
・岩手県岩手郡雫石町と八幡平市・岩手郡滝沢村との境。いわて
銀河鉄道滝沢駅の北西12キロ。JR東北新幹線盛岡からバス、柳
沢から歩いて5時間半で岩手山。外輪山火口壁薬師岳に一等三角
点(2038.2m)がある。外輪山南東側に岩手山神社の奧宮がある。

【位置】
・一等三角点:北緯39度51分09.39秒、東経141度00分03.6秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「大更(盛岡)」or「松川温泉(秋田)」(2
図葉名と重なる)

【山行】
・1989(平成1)年7月30日(日・ガス晴れ)


▼【参考文献】
・『岩手の伝説』平野 直著(津軽書房刊)1983年(昭和58)
・『角川日本地名大辞典3・岩手県』高橋富雄ほか編(角川書店)1985
年(昭和60)
・「雫石町教育委員会社会教育課の手紙」
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『東北の山岳信仰』岩崎敏夫(岩崎美術社)1996年(平成8)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎日新聞社)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本伝説集』高木敏雄(ちくま学芸文庫・筑摩書房)2010年(平
成22)
・『日本伝説大系2・中奥羽編』(岩手・秋田・宮城)野村純一編(み
ずうみ書房)1985年(昭和60)
・『日本の民話2・自然の精霊』松谷みよ子ほか(角川書店)1974
年(昭和49)
・『日本歴史地名大系3・岩手」(平凡社)1990年(平成2)
・『名山の日本史』高橋千劔破(河出書房新社)2004年(平成16)
・『柳田國男全集25』柳田國男(ちくま文庫)1990年(平成2)

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画文
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 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】事務所
山のはがき画の会

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