山旅通信【伝承と神話の百名山】とよだ 時

……………………………………

1105号-(百伝05)大雪山 「神々の遊ぶ庭」

【略文】
大雪山と雌阿寒岳は夫婦山だったという伝説。大雪山は妻の雌阿寒
岳が浮気しているのを悟りました。夫山は妻山を殴りました。いか
し気の強い妻は、炎を吐いて夫の大雪山につかみかかりました。さ
すがの夫山の大雪山もタジタジだったというからすごい。
・北海道上川支庁上川町。

1105号-(百伝05)大雪山 「神々の遊ぶ庭」

【本文】
 大雪山(大雪山系)は、北海道の中央部にある旭岳などの山々か
らなる山塊の名称。「たいせつざん」、「だいせつざん」ともいい、
上川郡上川町、東川(ひがしかわ)町、美瑛(びえい)町にまたが
る山地の総称。北麓の層雲峡(そううんきょう)から南の十勝岳ま
で大雪山国定公園の北部にある山地で、総面積23万ヘクタール、
神奈川県に匹敵する日本最大の国立公園です。

 ここは緯度が北に偏っているため、本州の3000m級の山々と同
じような高山環境をもっています。火山群の間の高原状平坦地には、
ダイセツワタスゲをはじめとする高山植物が2百数十種も生えてお
り、わが国でも最も規模が大きいという。またナキウサギなどの珍
しい動物、天然記念物のウスバキチョウ、アサヒヒョウモン、ダイ
セツタカネヒカゲなどの蝶類も生息、大小あわせて百60数種もい
るといいます。

 アイヌ語では、大雪山のこのあたりをカムイ・ミンダラといい、
「神々の遊ぶ庭」とい意味だそうな。大雪山は名の通り「たくさん
雪が降る山」でもあります。主峰の旭岳のほか、黒岳(くろだけ・1984
m)、凌雲岳(りょううんだけ・2125m)、比布岳(ひっぷだけ・2197
m)・北鎮岳(ほくちんだけ・2244m)、白雲岳(はくうんだけ・2230
m)、北海岳(ほっかいだけ・2149m)など2000m級の峰が20座
近く集まっています。

 この山系ははじめ、カルデラができて、最後に爆裂火口(お鉢平、
直径2キロ)と旭岳が生れたという。これらはいまも硫気ガスを噴
出しています。大雪山の主峰で最高峰の旭岳には、一等三角点があ
り、北海道上川支庁上川町にあります。アイヌ語では「ヌタカウシ
ュペ」とか「ヌタクカムウシュペ」。頬肉のついた山の意だという。


 もっとも金田一京助博士は「ヌタップカウシペ」が正しく、川に
囲まれた奥山、すなわち河内山の意であるといっています。その西
斜面に爆裂火口があり、硫気を噴出。ここでは硫黄採取も行われた
こともあるそうです。火口下部にある姿見の池は、一爆裂火口に湛
水したものだといいます。池畔には石室もあります。

 この「ヌタカウシュペ」と呼ばれていた山が、1911年(明治44)
文部省の指示によって「旭岳」に統一されたのだそうです。ちな
みに北海道第2の高峰は北鎮岳で、大町桂月(おおまちけいげつ)
はこの山を大雪山の盟主といったそうです。そもそも大雪山に内
地から日本人がはじめて足を踏み入れたのは江戸時代も後期。隠
密ともいわれる探検家・間宮林蔵が、文化年間(1804〜1818)に、
石狩川水源の地に登ったという(吉田東伍『大日本地名辞書』「北
海道之部」)。

 また、『北海道名勝地誌』(大雪山の項)には「安政年間(1854〜6
0)石狩在勤足軽松田市太郎始めて此(この)山に登り、次で松浦武
四郎之(これ)に登る」出てきます。松田市太郎は不詳だそうです
が、松浦武四郎は幕末の北方探検家で、1856年(安政3)〜1858
年(安政5)北蝦夷(えみし)を探査した人物。

 一方、冒頭にある大町桂月(けいげつ・明治大正時代の詩人)は、
1921年(大正10)、大雪山の表玄関ともいわれる北側の層雲峡温泉
(名づけ親は大町桂月)から黒岳に登った人。黒岳の西側には桂
月岳(1938m)という彼にちなんで名づけられた山もあります。
彼はその山旅を『層雲峡より大雪山へ』という紀行文をまとめまし
た。


 その「層雲峡の偉観」のなかで、大雪山をたたえて、「富士山に
登って、山岳の高さを語れ。大雪山に登って、山岳の大(おおい)
さを語れ」。さらに「……ここに黒岳の一峰の上に立てり。さても
大雪山の頂上の広きこと哉。南の凌雲(りょううん)岳、東の赤岳、
北の黒岳の主峰など、ほんの少しばかり突起するだけにて、見渡す
限り波状を為(な)せる平原也。……余は大雪山に登りて、先ず頂
上の偉大なるに驚き、次ぎに高山植物の豊富なるに驚きぬ。大雪山
は実に天上の神苑(しんえん)也。」と記しています。

 このような、北海道の広大な山脈群に、人々は想像力豊かに、
さまざまな伝説を繰り広げています。大雪山はもとは「ヌタップカ
ムシユペヌプリ」といったそうです。また雌阿寒岳(めあかんだけ)
は「マチネシリ岳」と呼び、伝説上では、いまのように釧路地方で
はなく、十勝地方にあったそうです。そんな時代の伝説です。

 もともとヌタップカムシユペヌプリ(大雪山)とマチネシリ岳(雌
阿寒岳)は夫婦山でした。でもマチネシリ岳(雌阿寒岳)は、とっ
ても浮気者な山でした。いつのころからか、ほかの男山と通じてし
まうというありさま。ある日、ヌタッペカムシユペヌプリ(大雪山)
が……。ええい、プリ…だ、シリ…だと面倒くさい。「大雪山」と
「雌阿寒岳」で書かせていただきます。


 ある日、大雪山が、妻の雌阿寒岳の髪が乱れているのを見て、浮
気しているのを悟りました。夫山は妻山を殴りました。気の強い妻
山は負けていません。山全体を揺るがせ、火口から真っ赤な炎を吐
いて、夫の大雪山につかみかかりました。こんな状態が何日もつづ
きました。黒煙が空にみなぎり、赤い炎が渦巻き、大雪山系から十
勝地方一帯に地震がつづいたと申します。

 しかし、雌阿寒岳の気の強さに、さすがの夫山の大雪山もタジタ
ジ。次第に勢いがなくなり、あわや粉々に打ち砕かれそうになりま
した。これを見ていた十勝岳、近くでガンガン、バリバリやられて
はたまりません。間一髪、矢のように飛んできて、雌阿寒岳をうち
倒したということです。夫婦げんかもここまでになれば見ていられ
なかったのでしょう。やられた雌阿寒岳は、黒煙を引きながら火を
吐き、遠く東の釧路方面へ逃げさりました。

 この時、十勝岳にやられた雌阿寒岳の傷が化膿して、そこからピ
ンネシリ岳(雄岳)、いまの雄阿寒岳(おあかんだけ)が生まれま
した。そして雌阿寒岳がもと住んでいた場所は、そのまますっぽり
穴があき、然別湖(シカリベツ湖)となったということです(『日
本伝説大系1』)。


 また、大雪山北麓層雲峡の伝説です。その昔、日高の夜盗の一
群が、上川地方を襲おうとして、石狩川の水源近くで筏(いかだ)
をつくり、川を下って層雲峡近くまでやってきました。すると山の
端が川にせり出した所「カムイオペッカウシ」(神が尻を川の上に
さらけ出している所)という川岸の崖の上で、美しい女がすっ裸で
踊っています。夜盗の連中は、口をポカっと開けて見とれているう
ちに、筏が滝の上にさしかかっていたのも気がつかず、ついにみん
な滝つぼの中に落ちてしまったという。

 また、こんな話もあります。層雲峡の奧の針葉樹の森には、恐ろ
しい山男が住んでおり、アイヌの人たちは、狩りに行っても決して
この森では泊まらないのだという。山男は怪力の持ち主で、熊を手
づかみにして殺すほど、人間なんか雑作もありません。しかしもし
出会ってしまったら、そんな時は、煙管(きせる)に火をつけて差
し出せといいます。

 山男はたばこが大好きなため、喜びおとなしかったということで
す(「えぞおばけ列伝」知里真志保編訳:『アイヌ民譚集』)。層雲峡
温泉からロープウエー、リフトを乗り継いで、7合目登山口から徒
歩で1時間で黒岳に立てます。このコースは、さらに黒岳から北海
岳、間宮岳、旭岳。ロープウエーで旭岳温泉(旧勇駒別温泉)に至
るコースがもっとも一般的で「大雪山銀座」と呼ばれているといい
ます。


▼大雪山【データ】

・【大雪山】北海道上川郡上川町、美瑛町、東川町の3町にまたが
る。
・【旭岳】北海道上川支庁上川町。JR石北本線安足間(あんたろ
ま)駅の南東25キロ。JR函館本線旭川駅からバス、旭岳温泉下
車、ロープウエー、姿見下車。さらに歩いて2時間で旭岳。1等
三角点(2290.9m)がある。

【位置】
・旭岳三角点:北緯43度39分48.95秒、東経142度51分14.69秒

【地図】
・2万5千分1地形図名(大雪山):層雲峡、旭岳、白雲岳、愛山
渓温泉
・2万5千分1地形図名(旭岳):「旭岳」旭川3-3


▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典1・北海道』(上巻)竹内里三(角川書店)1991
年(平成3)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎日新聞社)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本伝説大系・1』(北海道・北奥羽)宮田登ほか(みずうみ書
房)1985年(昭和60)
・『日本歴史地名大系1・北海道の地名』高倉新一郎ほか(平凡社)
2003年(平成15)
・『アイヌ民譚集』「えぞおばけ列伝・付」知里真志保 (翻訳) (岩
波書店) 1981年(昭和56)

…………………………………………………

【とよだ 時】 山と田園風物漫画文
……………………………………
 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】事務所
山のはがき画の会

山旅通信【ひとり画展】題名一覧へ戻る
………………………………………………………………………………………………
「峠と花と地蔵さんと…」トップページ
【戻る】