伝説伝承山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

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1066号山梨県石割山・蜃気楼と岩戸と乗鞍石

【短略説明】
石割山は蜃気楼が出現する山だという。かつて雷の神をまつってあ
る大天狗、小天狗の岩で修験者が修行したそうです。中腹にある乗
鞍石は下馬石で、女人結界石でもありました。
・山梨県都留市と同
県山中湖村・忍野村との境。

1066号山梨県石割山・蜃気楼と岩戸と乗鞍石

【本文】
 今回は、山旅【ひとり画展】バックナンバー124号と一部重複し
ています。石割山は山中湖の北岸にあり、登山口の平野集落からも
石割神社を経て、1時間半で山頂に登れるため、湖面に映る雄大な
富士山を前に、家族連れでにぎわいます。

 山中湖村教育委員会発行の「山中湖村の歴史と伝説」には、「霊
山として知られ、特に蜃気楼(しんきろう)の出現する山として日
本山岳史に記されている」とあります。三角点のある小広い山頂で、
昼飯をとっていると太陽に暖められた土からいっせいに湯気があが
りはじめました。この湯気が激しいときには、あるいは蜃気楼が現
れるのかもしれません。

 突然ですが天岩屋戸伝説。「天宇受売命(あめのうづめのみこと)、
天香山(あまのかぐやま)の天の日影を手次(たすき)に繋げて
…天香山の小竹葉(ささば)を手草に結ひて、天の岩屋戸(あま
のいわやど)に汗気(うけ)伏せて蹈み登杼呂許志(とどろこし)、
神懸り為て、胸乳を掛き出で…高天の原動(とよ)みて、八百万
の神共に咲(わら)ひき」とあるのは『古事記』上つ巻です。

 …外の騒ぎは何事かと、天照大神(あまてらすおおかみ)が岩
屋戸を細めに開けたとたん、隠れていた手力男命(たじからおの
みこと)が岩屋戸を開け、手を取って引き出し、布刀玉命(ふと
だまのみこと)が尻久米縄(しりくめなわ・しめ縄)を張って中
に入れないようにした…」。

 この伝説の岩屋戸にちなむ伝説地は全国に多くあります。有名
なのは長野県の戸隠山、宮崎県高千穂町天岩戸神社、奈良県橿原
(かしはらし)市の天香具山(あまのかぐやま)など。

 しかしここ石割山も負けてはいません。その八合目にある石割
神社には、高さ10m、長さ15mもの大きな岩が垂直に切ったよ
うに立っており、まるで岩戸を誰かが動かしたかのよう。その岩
の下に祠がはめ込まれています。割石は「石」という字に似て割
れ目が入っていて、そのうしろは幅50センチほどのすき間が見事
に立ち割れ、まるで岩の戸が2枚並んで立っているように見えます。

 ここ平野地区にも「天の岩戸」のいい伝えがあり、先の神話はこ
このことだと信じる人が多いとか。石割山の名も山頂下のこの割石
が山名のもとといいます。その隙間を3回通れば幸運がひらける
と伝え、大人でも子供でも妊婦のように太った人でもすれすれに
通れるといいます。

 しかし、喪中の人や、悪いことをした人、すねにキズ持つやか
らは岩に挟まれるというから面白い。この岩の割れ目からしたた
り落ちるしずくは、薬水として用いられ、眼病を治癒し、皮膚病の
特効薬として近郷近在まで知れ渡り、多くの病人を救ったと伝承さ
れています。

 石割神社の縁起では、「創立往古詳ならず」としながらも、「住吉
神の使いの白鳩の導きにより石割山創始さる。霊験あらたかな権現
さまとして平野郷人の信仰心を集める…」として、祭神は天手力男
尊(アメノタヂカラオノミコト)、相殿・須佐之男尊(スサノヲノ
ミコト)、武甕槌尊(タケミカツチノミコト)、磐長姫命(イワナガ
ヒメノミコト)、日本武尊(やまとたけるのみこと)としています。

 ここも昔は修験者が登って修行をした霊場だったそうです。また
同書「山中湖の歴史と伝説」によると、「近くにお釜石という釜の
形をした岩がある。このお釜石の水は里宮である天神社の湯立ての
まつりに湧かして人々を祓う神湯として使われている。水の根源の
湧く釜石であり、平野区民の飲料水としてお釜石の遠くから掘削(く
っさく)水道で区内に引いて暮らしに役立っている。」

 さらに「干ばつの際は、雨乞いをする地として、水象女の神(罔
象女神・みずはのめのかみ?)【『日本書紀』では罔象女神(みずは
のめのかみ)、『古事記』では弥都波能売神(みづはのめのかみ)】
をもまつっている。石割山には大天狗、小天狗という名の岩がそび
えて雷の神をまつっている。往古、山伏が修行道場としてこの岩で
も修行したと伝えられている。いまの石割山は…とくに蜃気楼が出
現する山として日本山岳史に記されている」としています。

 なお、中腹には乗鞍石という岩があり、昔はここで馬をおり、こ
こからは歩かなければならなりませんでした。またかつてはこの山
も女人禁制で、女性が登れるのはここまでだったそうです。そのた
め乗鞍石は、下馬石とか、女八遥拝石とも呼ばれていました。そ
こは雷神をまつってあるという大天狗、小天狗という岩の遥拝所
にもなっています。

 神社の大祭は4月9日。各地でよく聞くように、ここでも以前
は祭りの日には賭博が行われていたらしい。いまでは開運、厄除
け追難、疫病払い、長寿息災、産業などの神として信仰されてい
るそうです。乗鞍石にはこんな伝説があります。

 「昔、ショウヘイ様の先祖が石割様の山へ鉄砲猟に行った。旧3
月9日に鳩に向かって9発打ったが死ななかったのでそのまま帰っ
た。その処に神代のジョウリ(草履か)が石の根にあった。この石
は乗鞍石である事は知らなかった。翌年の3月9日に自宅の廊下に
弾丸が9発転がっていた。不思議に思い先の場所を調べると石があ
りそれが乗鞍石とわかったので、それから石割様をまつった」(資
料のママ)……のだそうです。

 富士急富士吉田駅からのバス終点平野から、道祖神の祠を右に
見て道志方面の車道を進みます。すぐ左に薬医門、続いて寿徳禅
寺の入口。まもなく石割山ハイキング入口のバス停を過ぎると赤
い鳥居が目立ち、石垣の上に不動妙王社があります。土地の人は
これを里の石割神社だといっています。手前左への道の両側には
石割神社の石柱があり、道標も建っていて分かりやすい。

 なおも別荘地のある雑木林のなかの車道を進むと、右の小沢を
渡ったところに赤い鳥居があって奥に長い石段が続きます。両わ
きはつつじが裁植されています。石段を上りきるとあずま屋があ
りベンチもあります。なだらかな尾根道は林道と重なります。な
るべく林道から離れて、林の中を歩くとやがて石割神社奥社につ
きます。

 私が訪れたときは、奥社を修理をしていて祠の前に立派な社を
建てていました。新しい石塔なども建っていました。屋根を修理
している宮大工さんの足元に天狗の赤いげたがポツンところがっ
ています。岩戸の隙間を通りましたが、ご神水は涸れていました。
神社手前、左にスズタケのなかを急登。まもなく広場のような石
割山頂に着きます。

 すぐに大天狗、小天狗の岩へ通じる道はないものかと尾根道を
しばらくうろついたが見つかりませんでした。昼食も過ぎて、蜃
気楼になりそうな湯気を見ながら、帰りは山中湖と富士山を眺め
つづける大平山へのコースをとりました。

 北富士演習場の実弾が砲撃されるたびに、裾野に上がる大きな
砂けむりが手に取るようです。長池山手前の林道を内野に下りま
す。しばらくすると人家が現れ、たんぼの中を進むと天狗社バス
停に着きました。


▼石割山【データ】
【所在地】
・山梨県都留市と山中湖村・忍野村との境。富士急行三つ峠駅の
南東10キロ。富士急行富士吉田駅からバス・平野から歩いて1時間
30分で石割山。三等三角点(1412.5m)がある。
・【位置】
・三等三角点:北緯35度27分01.87秒、東経138度54分04.68秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「御正体山(甲府)」


▼【参考文献】
・「石割神社資料」(「石割山登山口の看板」石割神社)
・「石割神社縁起」
・『角川日本地名大辞典19・山梨県」磯貝正義ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『古事記』:新潮日本古典集成・27『古事記』校注・西宮一民(新
潮社版)2005年(平成17)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・『山中湖村史」山梨県山中湖村
・『山中湖の歴史と伝説」(山中湖村教育委員会)

 

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画文
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 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】事務所
山のはがき画の会

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