山の伝承伝説に遊ぶ
山旅通信
【ひとり画ってん】とよだ 時

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1061号丹沢・日高と竜ヶ番場の竜樹菩薩

略文説明
いつもにぎやかな塔ノ岳から北へ、日高からさらに行くと突然目
の前が開け、明るい竜ヶ馬場のスズタケの斜面に出ます。その昔、
修験者たちが奥駆けの途中ひと休み。まどろみの夢の中に、竜に乗
った菩薩さまがあらわれました。そこでその尾根の西側の岩場に竜
頭菩薩をまつり、それから竜ヶ馬場の名がつけられたという。
・神奈川県清川村と山北町の境。

1061号丹沢・日高と竜ヶ番場の竜樹菩薩

【本文】
 山頂は登山者でにぎやかな塔ノ岳。シュー、シューとガスコンロ
の音、おいしそうな料理の香りがしています。山小屋の建物と樹林
の間をくぐるようにして北方へ丹沢山方面を目指すと、日高(ひっ
たか)というこぶを越え、さらに竜ケ馬場というところに至ります。
日高はふつう、何気なく通り過ぎていくような所ですが、最近は日
高東尾根を利用し塩水橋から登ってくる人もいるようです。

 しかし日高とは変わった名前です。古いガイドブックには土平
(どだいろ)ノ頭とあるという。丹沢の研究者は、「地元では聞い
たことはなし。日高は当て字であろう。地元の若い女衆からヒナタ
(日向)と教えられたが間違いと思う」とあり、はっきりしません。

 日高からさらにブナの原生林を行くと、突然目の前が開け、明る
い竜ヶ馬場(りゅうがばば)のスズタケの斜面に出ます。西に富士
山が姿を見せています。運が良ければ、南アルプスの連山を望める
ことも。東には大山から丹沢の東端の山々。南にはブナの原生林の
上に塔ノ岳の尊仏山荘も見えます。北にあるのは丹沢山です。

 ここにはこんな伝説があります。その昔、修験者たちが奥駆けと
いい、丹沢縦走を行った途中、ひと休みの時ウトウトとまどろんだ
時、夢の中に竜に乗った菩薩さまがあらわれたました。そこでその
尾根の西側の岩場に竜頭(りゅうず)菩薩をまつり、それから竜ヶ
馬場の名がつけられたという。このように丹沢の山々は、修験者た
ちが開いたところが多い。

 丹沢の修験は、大山を行場とした大山修験(当山派)のほかに、
大山東方山中の日向修験(本山派)と、東北東山ろくの八菅修験
(本山派)などがあります。とくに日向山修験は、日向薬師を基
点として大山、表尾根、塔ノ岳から主脈といわれる山々を行場とし
ていました。

 1963年(昭和38)に発見された『峯中記略扣(控)』(ぶちゅう
きりゃくひかえ)という古文書があります。これは日向山霊山寺修
験(日向修験)常蓮坊が書き留めた、丹沢入峰修行(4泊5日かけ
ての奥駈け)の作法を示したもの。それには竜ヶ馬場についてこん
なことが書いてあります。

 「是ヨリ北ヱ行黒尊仏岩有、是ヨリ登リ龍ガ馬場也、此所百間程
ノ長サニ而広ハ五間位ノ馬場ノ形也、此中所ニ竜樹菩薩ノ尊有、是
ニ札納、而モ此馬場ニ而竜樹ボサツ馬ニ御ナリ相成候ト云伝也、此
向ハ行者カエシト云大キナ岩有(り)、是ヨリ右ノ方ハ平イ地ノカ
キノ也、夫ヨリ峰ニ登リ彌陀ガ原ト云所ニ出て、是ニ一宿致シ、是
ヨリヲリ込蔵王権現有札納、是ヨリ下リコフバセ上リコフバセト云
所新客サカサ木ノ行所有、是ヨリ峰ニ登リ神前ノ平地也、此所ニ不
動尊有」とむつかしい文字がならんでいます。

 つまり、塔ノ岳の黒尊仏からなおも進み、「これより登り、龍ヶ
馬場に至る。この所は百間程の長さで、広さは五間位の馬場の形を
している。ここに龍樹菩薩の尊仏があり、札を納める。この馬場は、
龍樹菩薩が馬に乗ったという伝承がある。…

 …此向かいに(一部の資料には「段向かいに」とあります)行者
返しという大きな岩がある。それより峰に登ると、弥陀ケ原という
所に出る。これより峰(不動の峰)に登り一宿する」のだそうです。
ここに出てくる「行者返し」と呼ばれた大岩はいまでもあります。

 この笹原は、明るく絶好の憩いの場所です。登山者が腰を下ろし、
休憩しているのをよく見かけます。シモツケ、コイワザクラ、トン
ボソウ、ウスユキソウ、オノエランなどの生え、丹沢のお花畑。か
つては山ろくの人々にもこよなく親しまれた所だそうです。大倉か
ら丹沢主稜を西丹沢まで夜中に歩くカモシカ山行時、ここを通るの
はいつも真夜中。丹沢名物ニホンジカのお出迎えに会い、暗闇の中
に金色に輝くいくつもの目が印象的です。



▼竜ヶ馬場【データ】
【所在地】
・神奈川県愛甲郡清川村と足柄上郡山北町の境。御殿場線松田駅
の北14キロ。小田急線渋沢駅からバス。大倉下車下車。歩いて4
時間15分で竜ヶ馬場。
【位置】
竜ヶ馬場:北緯35度28分05.5秒、東経139度09分54.4秒
【地図】
・2万5千分1地形図名:大山



▼【参考文献】
・『伊勢原町勢誌』(1963)
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『神奈川県史』(各論編5・民俗)神奈川県企画調査部県史編集室
(神奈川県)1977年(昭和52)
・『尊仏2号』栗原祥・山田邦昭ほか(さがみの会)1989年(平成
元)
・『丹沢』(アルパインガイド37)羽賀正太郎(山と渓谷社)昭和45
年(1970)
・『丹沢記』吉田喜久治(岳(ヌプリ)書房)1983年(昭和58)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)

 

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画文
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 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】事務所
山のはがき画の会

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