とよだ 時・山岳ゆ-もぁ画
山旅漫歩゚【ひとり画通信】

▼145号「房総・人骨山の鬼伝説」

その昔、鬼がいけにえにした乙女の骨で山が埋まりいまでも木が生えな
いという。ある秋登ってみた。たしかに中腹から上は大きな木がない。し
ばらく行くと山一帯が有刺鉄線でおおわれている。「社有地につき、立入
禁止」という立て札。山ごと、鬼ごと、観光会社が買い占めていた。
・千葉県鋸南町

▼145号「房総・人骨山の鬼伝説」

【本文】
房総半島鋸山の近くに「人骨山」という里山(293m)があります。
ここには昔鬼が住み、毎年1回ふもとの畑集落の乙女をいけにえに
さし出させ食っていたという伝説があります。この習慣があまり長
く続いたので山は骨で埋まりいまでも木が生えないという。

ある秋、どんな山かと、もの好きにも行ってみました。「鬼が怒る
ためここではいまでも豆まきはしねえ」。途中で会った畑集落のお
ばあさんが話してくれました。

やぶ道を登っていくと、たしかに中腹から上は大きな木は生えてい
ません。しかし、しばらく行って驚きました。ナントと山一帯が有
刺鉄線でおおわれていたのです。

「社有地につき、立入禁止」という朽ちた立て札が建っています。
山ごと、鬼ごと、観光会社が買い占めていたのでした。かつてバブ
ルの時は、このたりまで開発の対象だったのですね。有刺鉄線の杭
も長い年月で腐ったり、抜けたり荒れ果てていました。

一方、南西側の奥山集落には昔、60歳を越す老人は、この山に捨て
る習慣があったという。そのたたりでここには木が生えないのだと
いう伝説もあります。

ただ、墓地の古い形の両墓制(遺体を葬るところと霊を祭るところ
が別のかたちをとる)のうち、この山は遺体を葬る第一次墓地(オ
ハツセ)ではないかともいう学者の説もあります。

いまは山道も整備され、東京方面からもボツボツとハイカーが訪れ
るようになったと聞いています。ブームに乗ってこんな里山も脚光
を浴びる時代なんですね。

ちなみに、当時の国土地理院の2万5千分の1地形図は「入骨山」
になっていました。県の山岳連盟関係や山好きの人たちがいくら注
意を促しても国土地理院は聞き入れませんでした。

これは地元の自治体からの申請がないと改正はしないと聞いていま
す。しかし最近は正式名「人骨山」に改められています。これも里
山ブームで注目を浴びた結果、町役場を動かしたのでしょうか。

▼【データ】
【山名】・人骨山。鬼に食われた乙女の骨で埋まったという伝説。60
歳を越す老人を近くの人骨山に捨てたという。お墓の古い型である
両墓制で死体を葬る第一次墓地(オハツセ)ではないか。また「ヒ
トボシ(火点)山」としてのろしを上げた山ともいう。

【所在地】
・千葉県安房郡鋸南町大崩。JR内房線保田駅からバス20分・歩
いて15分で人骨山。四等三角点(292.6m)がある。地形図に山名
と三角点の標高の記載あり。(付近に何も記載なし)

【位置】
・三角点:【緯度経度】北緯35度07分51.68秒、東経139度55分
33.5秒(電子国土ポータルWebシステムから検索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「金束(横須賀)」(国土地理院「地図閲覧
サービス」から検索)。5万分の1地形図「横須賀−那古」(「電子
国土ポータルWebシステム」から検索)

【山行】房総・津森山・人骨山調査山行
・日帰り:1983年(昭和58)11月13日(日・晴れ)「保田・群境・
津森山・畑部落・人骨山・畑部落・山中・保田中央・保田駅」:息
子と同行

【参考文献】
・「房総の伝説」平野馨著(第一法規刊)1976年(昭和51)
・「房総昔話散歩」高橋在久ほか(創樹社)1973年(昭和48)
・「やっほ・みんなのための情報誌」鋸南子どもセンター発行パン

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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