山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

▼140号「北ア・薬師岳のキャンプ場」

【概略】
山頂東側のカールは国の特別天然記念物になっている。ある夏薬師
峠にテント。高山植物の間からなじみの顔。「あれェ、こんなとこ
ろで」。相手もきょとん。これは奇遇。家内がビールの買い出しに
走る。10数年後に再会。「あの時のビールはうまかった」。Sさんが
言ってくれた。
・富山県富山市

▼140号「北ア・薬師岳のキャンプ場」

医者や薬が思うにまかせなかった昔、頼れるのは神さまや仏さま。
なかでも左手に薬ツボを持つ薬師如来は「医薬に権威を持つ」仏さ
まです。

一般庶民は、わらにもすがる思いで薬師さまを信仰したのでしょう。
全国の薬師岳の名は、この盛んだった薬師信仰に由来する名前だそ
うです。

山名辞典には、43項目もの薬師の名のつく山や峠がズラーッとな
らんでいて、盛んだったころの薬師信仰の様子をうかがわせます。
そのなかでも北アルプスの薬師岳は名山として知られています。

深田久弥は「日本百名山」のなかで、「その重量感のあるドッシリ
とした山容は北アルプス中随一である。ただのっそりと大きいだけ
ではない。厳とした気品もそなえている」とほめちぎっています。

山の東側には3つのカール(金作谷カール、中央カール、南陵カー
ル)があって「薬師岳圏谷群」として国の特別天然記念物に指定さ
れています。

山頂には立派なほこらがあり、なかには薬師如来や観音像が鎮座し
ています。かつてはふもとの人びとが毎年、薬師如来に剣を奉納す
る行事があったといい、いまでもほこらの前には鉄板の剣が散らば
っています。

かつて山麓にあった有峰村の「天びん棒」づくりの職人・ミザの松
という人が、薬師如来に導かれて登ったのが最初で、のち山頂に如
来を祀る祠を建てたのだと言い伝えられています。

有峰村は北アルプス最奧の、平家の落人伝説の村でしたが、1920
年(大正9)、県営ダム建設のため富山県が買収、1961年(昭和36)
有峰ダムの湖底に水没しています。

ある夏、立山から南下。薬師峠キャンプ場にテントを張りました。
周囲はいまが盛りの高山植物。夕食までの時間に近くをぶらつきま
す。と、ニッコウキスゲの間から見たことのある顔が…。

「Sさんじゃないか!」「あれェ、こんなところで」。相手もきょと
ん。聞けば、連れを先の太郎小屋に残し、ひとり散歩の途中だとい
います。

これはまた奇遇のなかの奇遇。最後まで残しておいたアルコールも
すぐカラになりました。家内がキャンプ場の売店にビールの買い出
しに走ります。

あれから10数年、丹沢のボッカ訓練で久しぶりに再会。「あの時の
ビールはうまかったなあ」。帰りの打ち上げでSさんが言ってくれ
ました。

▼【データ】
【山名】・薬師如来の信仰から命名。

【所在地】
・富山県富山市旧大山町各地区名(旧上新川郡大山町)。富山地方
鉄道立山線有峰口駅の南東19キロ。富山地方鉄道立山線有峰口駅
からバス・折立から歩いて8時間で北ア薬師岳。二等三角点
(2926.01m)がある。地形図に三角点標高と卍寺院記号、南方に
避難小屋の記載あり。

【位置】
・基準点:緯度 36°28′07.8315 経度 137°32′41.2642

【地図】
・2万5千分の1地形図「薬師岳(高山)」

【参考文献】
・「角川日本地名大辞典16・富山県」坂井誠一ほか編(角川書店)
1979年(昭和54)
・「黒部の昔話」監修・遠藤和子(立山黒部貫光株式会社)発行年
不明
・「山岳宗教史研究叢書10・白山・立山と北陸修験道」高瀬重雄編
(名著出版)1977年(昭和52)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「富山県山名録」橋本廣ほか(桂書房)2001年(平成13)
・「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・「日本歴史地名大系16・富山県の地名」高瀬重雄ほか(平凡社)
1994年(平成6)

S山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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