とよだ 時・山の伝承民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼123号 奈良県大峰山・行者還岳の電線地蔵

【序文】
大峰山脈の気象変化は日本で屈指。弥山と行者還岳間に吹きあげる
風は、かたわらの避難小屋もゆさぶる。行者還岳直下にある鉄塔の
そばには「電線安全地蔵」が鎮座。土砂降りの雨と落ちるしずく。
凍える手でスケッチする手帳がみるみる滲んでいった。

▼123号 奈良県大峰山・行者還岳の電線地蔵

【本文】
修験道の祖といえば役ノ行者。その役小角(えんのおづぬ)が金剛
蔵王権現を感得したのが紀伊半島の大峰山といわれています。大峰
山系は、全国的修験道の根本道場になっていて、その中心部である
山上ヶ岳(さんじょうがたけ・1719m)周辺はいまも女人禁制で
す。

大峰山系といえば、北は吉野山から南は熊野本宮まで全長100キロ
以上、標高1200m以上の山々が50座も連なる大山脈。所々には行
者たちが祈る75ヶ所の霊場があり、「七十五靡(なびき)」と呼ば
れています。

こんな奥深い山でも、やたらと高圧送電線と鉄塔が目立っています。
この山の気象変化の激しさと降雨量の多さは日本でも屈指だといい
ます。

また弥山(みせん・1895m)と行者還岳(ぎょうじゃがえりだけ
・1546m)間に吹きあげる風は、かたわらに建つ避難小屋もゆさ
ぶるほどの強さです。そのせいか、行者還岳直下にある鉄塔のそば
には「電線安全地蔵」なる石仏が鎮座ましましています。

行者還岳は大峰七十五靡58番の行場。東西両方から望むと、その
姿は鋭い三角形の岩峰になっていて南側は直立した岸壁です。さす
がの役ノ行者も引き返したというのでその名があるという。

前日泊まった弥山小屋のテント場の雨は、朝になっても止まず。土
砂降りの雨の中、ブッシュをかき分けて行者還小屋へ向かいます。
電線地蔵につくころには小やみにはなったものの、まだ降り続ける
雨と落ちるしずく。凍える手でスケッチする手帳がみるみる滲んで
いきました。

▼【データ】
【所在地】
・奈良県吉野郡天川村と奈良県吉野郡上北山村の境。近鉄吉野線下
市口からバス1時間15分天川川合下車歩いて4時間半で行者還小
屋(電線地蔵)。地形図に「行者還ノ宿」の記載あり。

【位置】
・行者還小屋(行者還ノ宿):【緯度経度】北緯34度12分10.9秒、
東経135度56分43.55秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシス
テム」から検索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「弥山(和歌山)」(国土地理院「地図閲覧
サービス」から検索)

【山行】和歌山県南部川村大峰山縦走
・第7日:1993年(平成5)9月14日(火・雨)探訪:1993年(平成
5)9月9日(木)〜17日(金)「東京駅・新大阪駅・紀伊田辺駅・闘
鶏神社・南部駅・熊野本宮・前鬼の里・弥山・行者還岳・山上ヶ岳
・五番関・青根ヶ峰・吉野・京都駅・東京駅」:単独行

【参考】
・「角川日本地名大辞典29・奈良県」永島福太郎ほか編(角川書店)
1990年(平成2)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「日本山岳ルーツ大辞典」村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・「日本歴史地名大系30・奈良県の地名」池田末則ほか(平凡社)
1981年(昭和56)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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山旅イラスト【ひとり画通信】
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