とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼114号 「北ア・薬師岳祠の中の石仏」

【概略】
立山連峰の薬師岳は山麓の有峰集落のミサノ松が山頂にお堂を建
て薬師如来を祀ったという開山伝説。現在も山頂にお堂を小さくし
たような祠があって、石仏や絵馬がならんでいる。祠のまわりに落
ちているブリキの剣が、かつて盛んだった村人の祭りを思わせる。
・富山県富山市

▼114号 「北ア・薬師岳祠の中の石仏」

各地に「薬師岳」いう名の山が見受けられます。山名辞典をひくと、
薬師の名のつく山・峠は異名も含め42項目もならんでいて、かつて
は病気を治してくれる薬師信仰の盛んだったことがうかがわせま
す。

その中でも富士山の頂上にある久須志岳(薬師岳ともいう)を除き、
最も標高の高いのは北アルプス立山連峰(確認済み)の薬師岳(標
高2926m)です。

ここは容姿が雄大で壮麗な名山として名高い山です。東側直下に黒
部渓谷上廊下があり、それを隔てて雲ノ平、水晶岳、赤牛岳を望め
ます。

東斜面標高2600〜2700mの位置にならんだ4つの大カールは圧巻
で、とくに南側第1カールが素晴らしく、第2カールの底にはいま
でも岩石氷河を残しています。

1952年(昭和27)、国の特別天然記念物に指定されています。この
山もかつては信仰の山だったという。山頂には屋根に大石を乗せた
立派な祠がありガラス戸のなかには絵馬や薬師如来、観音像が鎮座
しています。

これは薬師岳のふもとにある有峰湖(ありみねこ)の湖底に沈んだ
有峰村の村人がまつった祠だそうです。有峰村は北アルプス最奧の
村ででしたが、1920年(大正9)、県有地として買い上げられ、1961
年(昭和36)に有峰ダムの湖底に水没しました。

ここはかつては平家の落人が開いたとつたえる村だったそうです。
有峰村の名ははじめ、ウレとかウレイといい、寛文元(1661)年以
後、「有嶺」の字を宛てていましたが、ウレイが「憂い」に通じる
というので、有峰に改めたといいます。

薬師岳開山の由来として、昔、この村に駕籠の担架棒(天びん棒)
づくりを生業とする、ミザの松という貧しい職人がいました。

ある日、山中で昼寝をしていると、自分の名を呼ぶ者がいる。目を
覚ますと、目の前に金色に輝く薬師如来がいました。ミザの松が驚
いて如来のもとにかけ寄ると、如来は遠くにおわします。

ミザの松がまた近寄ると如来はまた遠くにおわす。こうして如来に
導かれ、気がつくと高い山の上にいるのでした。如来は「五ノ目」
と呼ばれるところの自然石のお堂のに姿を消したという。

これをまつったのが薬師岳の開山のはじめであるという。これが「岳
の薬師」で、その前立として、夢のお告げによって有峰の里に建て
たのが「里の薬師」だという。

『大山町史』は、里宮の創建を南北朝時代の明徳元(1390)年とし
ています。かつて頂上に祀られていた薬師如来は、1寸7、8尺の
黄金立像で、まぶしいまでの美しさであったという。

百数十年前、盗まれて大阪に売られましたが「有峰に帰りたい」と
いうご託宣があり、買い主は恐れて有峰に送り返したという。しか
し、その後、ふたたび盗難に遭い、いまは行方不明だといいます。

盗難にあった薬師像は山頂の宮のご神体だという人と、里宮のご神
体だという人もいるそうです。ここもかつては女人禁制で、当時は
真川谷までしか行けなかったという。

以前、有峰村には、旧暦6月25日の「岳の薬師」のお祭りがあっ
て、村民の15歳から50歳までの男子が参拝する習わしがありまし
た。

1週間も前から厳重な物忌みが行われ、家を出るときには塩で身を
清め、なおも太郎兵衛平や薬師岳の雪氷で、3回けがれを落とした
という。頂上手前180mからは素足になり、山頂にヒエでつくった
白酒の御神酒をあげ、鉄板を切り抜いた剣を奉納したという。

いまでも祠のまわりに落ちているブリキの剣がかつての村人の祭り
の盛んだったことを思わせます。登山者は洞の中をのぞき込んでは
石仏に手を合わせて登山の無事を祈り、軒にぶら下がっている釣り
鐘をついています。

▼【データ】
【山名・地名】・薬師如来の信仰から命名。

【所在地】
・富山県富山市旧大山町各地区名(旧上新川郡大山町)。富山地方
鉄道立山線有峰口駅の南東19キロ。富山地方鉄道立山線有峰口駅
からバス・折立から歩いて8時間で北ア薬師岳。二等三角点
(2926.01m)がある。地形図に三角点標高と卍寺院記号、南方に
避難小屋の記載あり。

【位置】
・基準点の詳細:(基準点コード:TR25437545301)(点名:薬師ケ
岳)(冠字選点番号:波 11)(種別等級:二等三角点)(基準点成
果状態:正常)(測地系:世界測地系)(緯度経度:緯度 36°28
′07.8315 経度 137°32′41.2642)(標高:2926.01m)(基準
点現況状態:正常 19871203)(所在地:富山県富山市大字有峰字直
川谷割39(黒部谷割国有林))(点の記図閲覧:可)。(国土地理院
「基準点成果等閲覧サービス」から検索)

【点の記】
・(選点:明治35年6月8日 選点者:直井武)(埋標:明治35年9
月2日 埋標者:鈴木孫太郎)(造標:昭和62年8月3日 造標者
者:嵯峨諭)(観測:昭和62年9月1日 観測者:嵯峨諭)

【地図】
・2万5千分の1地形図「薬師岳(高山)」(地図閲覧サービスから
検索)。5万分の1地形図「高山−槍ヶ岳」(「電子国土ポータルWeb
システム」から検索)

【山行】早月尾根・剱岳・五色ヶ原・薬師岳縦走
・第6日:1986年(昭和61)7月31日(水・快晴)探訪:1986年(昭
和61)7月26日(金)〜8月1日(土)「上野駅・魚津駅・富山地方鉄
道上市駅・馬場島バス停・早月尾根・伝蔵小屋(早月小屋)・剣岳
・剱沢・立山室堂・ザラ峠・五色ヶ原・スゴ乗越・薬師岳・太郎兵
衛平・折立バス停・有峰口駅・富山駅・上野駅」:家内と同行

【参考】
・「角川日本地名大辞典16・富山県」坂井誠一ほか編(角川書店)
1979年(昭和54)
・「黒部の昔話」監修・遠藤和子(立山黒部貫光株式会社)発行年
不明
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「富山県山名録」橋本廣ほか(桂書房)2001年(平成13)
・「日本歴史地名大系16・富山県の地名」高瀬重雄ほか(平凡社)
1994年(平成6)
・「薬師岳の信仰と有峰びと」広瀬誠著:「山岳宗教史研究叢書10・
白山・立山と北陸修験道」高瀬重雄編(名著出版)1977年(昭和52)
・新編「山と溪谷」田部重治(岩波書店)1997年(平成9)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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