山の伝承伝説に遊ぶ
山旅通信
【ひとり画ってん】とよだ 時

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▼1020号茨城県愛宕山(岩間山)・天狗の食べ物

【略文】
天狗はどんなものを食べているのか興味のあるところです。江戸
時代後期、天狗にさらわれ、茨城県笠間市の愛宕山の天狗と一緒
に生活した寅吉という少年がいました。その話では、「天狗は食い
たい時に食いたいものを食っている」。天狗たちは、毎日村々から
お膳が供えられ、弟子までが十分に食べられていたということで
す。
・茨城県笠間市

1020号「茨城県愛宕山(岩間山)・天狗の食べ物
【本文】

 山の妖怪といえば、一番最初に挙げられるのが天狗です。辞典で
「天狗」を引いてみると「深山に住むといわれる怪物。人間の形を
して顔が赤く、鼻が高く、不老不死、神通力で自由に空を飛ぶいた
ずらもの」とあります。また、大天狗、中天狗、小天狗、カラス天
狗など言葉も耳にします。空を飛んでいたずらものはいいけれど、
どんな生活をしているのかは、あまり出てきません。

 なかでもどんなものを食べているのか。興味のあるところです。
文政3(1820)年というから江戸時代も後期、江戸下谷の長屋から
寅吉という少年が天狗にさらわれ、あちこちの山々を巡り、最後に
茨城県いまの愛宕山(一名岩間山・以下資料にある岩間山に統一)
に連れて行かれたという事件がありました。この山は筑波山系の端
っこ、笠間市にある山で、306mと標高は低いですが、昔から天狗
で有名な山。

 愛宕神社境内の「十三天狗塚」もあり、杉山僧正という名前があ
るほどの大天狗が首領として、ここの天狗たちを取り仕切っている
という。寅吉少年はここでしばらく天狗と一緒に生活し、帰ってき
たといいます。当時、江戸中が「天狗小僧寅吉」と大評判になった
といいます。それを聞いた国学者の平田篤胤(あつたね)が、持ち
前の天狗好きの虫が目をさまし、毎日のように天狗の生活を聞きに、
寅吉のところに通ったという。

 そして平田篤胤は、『仙境異聞』(せんきょういぶん)という本に
まとめたのでした。その中に、天狗は何を食べているのかという話
が出てきます。『仙境異聞・下』の「仙童寅吉物語」(一之卷)にこ
んなことが書かれています。「高山嘉津間(※天狗の師匠から貰っ
た天狗名)。元ノ名ハ寅吉と云。…今はただ、問ひに答へたる事の
みを記し出でむとす。」として、一問一答形式で書かれています。

 「問ふて云はく、大天狗たち、常に食物は喰はざるか。また喰ふ
ものなるか。寅吉云はく、自由自在なる故に、食物はいつと云ふ時
なく、食ひたき物は、速やかに前に来たるを食ふなり。殊に(※寅
吉が天狗と生活した岩間山の)十三天狗は、毎日村々より各々へ膳
を供へる故に、其(れ)を我等弟子中までが十分に食ふことなり。

 然れども現世の供物は、減ることなく其儘にて有るなり。減るこ
となくても、天狗の方にては食ふなり。もし不思議に思ひ給はば、
我が彼方へ行きたる後に、何ぞ食はせたく思はむ物を、棚へ供へ
置き給ふべし。此の後に来たれる時に、其の礼を申すべし」とい
っています。

 そんなことをいったのち、用事ができた寅吉は、岩間山に出か
けることになりました。その間、話が本当かどうか、天狗に食べさ
せたい食べ物を棚に供えてみました。しばらくして岩間山から帰っ
た寅吉は、確かにその時の供え物の名前を言い当て、お礼をいった
というのです。

 また、食べ物を天狗が自分で煮炊きすることはあるのかとの問い
に、「みづから煮焚く事もあり」。その上、鍋や釜まで備えてあった
という。

 魚、鳥、五辛(ニラ・ネギ・ニンニク・ラッキョウ・ハジカミ (シ
ョウガ・サンショウ)なども食べるかとの問いに、「魚鳥ともに煮
もし焼きもし、生にても食ふなり。ただ四足の類ひは、神のきら
ひ給ふ故に、決して食はず。甚だしきの穢(けが)れなり。凡て
神のきらひと立てゐる事は、推すことせぬがよし。魔道に入ると云
ふことなり。臭き物にては、ねぎばかりは食ふなり」と答えていま
す。天狗界にも保存食があるそうです。

 「アリ」というもので、「アリ」は、イチゴ、桑の実、ウメ、リ
ンゴ、エビカズラ、カキの実、モモの実、ナシの実や、そのほかい
ろいろな草の甘い実を集めて、固い岩の凹(へこ)みに、皮をむか
ずに入れるという。ただクリは水気がないのでよくないという。

 こうして雨や雪の入らない所に長い間おいておけば、自然に熟し
てとろりとなってわき上がり水が上に澄んでくる。うわ水は甘いの
で飲み、正味の所はワラビ粉を練ったように底に固まる。それをう
わ水でひたして飴を引き延ばすようにすれば白くなる。それを日で
乾かし堅めるのだというのです。それを少し食べれば、200日はお
腹がすかないという。

 またタニシを干して、もち、ミカン、ブドウなども好きな食べ物
だそうです。「アリ」とは珍しい名前ですが、仙人食にも大体似た
方法でつくった丸薬があります。

 またこれとは別に、天狗小僧寅吉の事件の2年後の文化5年(1
808)、江戸下谷長者町藤川道場の内弟子神城四郎兵衛正清という
ものが天狗に連れ去られ、天狗の修行をして神城騰雲という天狗
名をもらったという。それの聞き書きを幕臣の稲田喜蔵が記録に
取り、『壺芦圃雑記』(ころほ)という本になって残っています。

 それによると、天狗の食べ物について神城騰雲は次のように述
べています。「松葉、竹葉、そのほかの木の葉、魚または猿の仔(こ)、
魚は割いて肉ばかりを食し、猿の子は焼いて食う。……(中略)
……。また金銀米穀は人間が苦労してつくった宝であるから、一
粒の穀物も食うことはしないし、金銀も使用することはない。

 人間は物を食うから空腹になるので、五穀を絶てば空腹という
ことはない。だから天狗は飢えることがなく、寒暑も感じない」
ということです。

▼愛宕山(岩間山)【データ】
【所在地】
・茨城県笠間市。JR常磐線岩間駅の西東2キロ。JR常磐線岩
間駅から歩いて1時間で愛宕山。306m(等高線)。写真測量によ
る標高点(293m)。三角点は四等三角点(257.6m)(奥宮のある
ところがこの山の一番高い場所で、かつてはこのあたりに三角点が
あったようですが、現在の三角点は愛宕神社の北東側257.78m地
点に設置されているようです)。
【ご利益】
・愛宕神社
【位置】
・等高線から:北緯36度17分31.28秒、東経140度15分15.84秒
・標高点:北緯36度17分31.32秒、東経140度15分15.84秒
・三角点:北緯36度17分34.1022秒、東経140度15分23.5503秒
【地図】
・旧2万5千分1地形図名:岩間

▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典8・茨城県』竹内理三(角川書店)1991年
(平成3)
・『図聚天狗列伝・東日本』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和52)
・『仙境異聞・勝五郎再生記聞』平田篤胤著・子安宣邦校注(岩波
書店)2018年(平成30)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)

 

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画
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 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】事務所
山のはがき画の会

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