山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

▼099号 「南ア・仙丈岳登山口北沢峠のヤケド」

【概略文】
甲斐駒、仙丈ヶ岳への登山基地・北沢峠は昔から林業の重要な中継
地。正月4日、車の便に甘え同行。北沢峠、テント2泊目。コンロ
の下の雪が溶け煮え湯のコッヘルがごろり…。失態のヤケド。「ボ
ケ!」という視線。ああ、ひんしゅく、ひんしゅく…。
・長野県長谷村と山梨県南アルプス市との境

▼099号 「南ア・仙丈岳登山口北沢峠のヤケド」

【本文】
南アルプス甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳への登山基地・北沢峠は昔から林
業の重要な中継地だったといいます。野呂川流域伐採の時など物資
運搬のため馬で峠道を往復したという。このあたりはコメツガ、オ
オシラビソ、トウヒなどの大原生林でもあり、亜高山針葉樹林の野
鳥主要4種すべて観察できるという。

南アルプススーパー林道が1980年(昭和55)に完成、長野県伊那市
長谷(旧上伊那郡長谷村)・北沢峠と山梨県南アルプス市芦安(旧
山梨県中巨摩郡芦安村)・北沢峠間をバス運行が開始。一泊しなけ
ればならなかった北沢峠も、いまでは日帰り観光も簡単になりまし
た。

ここ南アルプス北部はガイド竹沢長衛(たけざわちょうえい)によ
って行われたことは有名です。1930年(昭和5)、北沢峠から山梨
県側に10数分ほど下った場所に長衛小屋(ちょうえいごや)を造
り、登山者の便宜を計りました。長衛は明治22(1889)年、山梨
県長谷村(いまの伊那市)生まれ。14歳から山案内をはじめたと
いう。

山案内と狩猟を生業としながら、南アルプスを女性にも登れる山に
したいと考え、甲斐駒ヶ岳や仙丈ヶ岳の登山道や小屋整備に尽くし
ました。いまでも「長衛谷」や「長衛沢」などの地名が残っていま
す。竹沢長衛にはこんなエピソードがあります。

大正14(1925)年の7月のこと、長衛が長野県知事の梅谷光貞ら
案内して、甲斐駒ヶ岳から赤石岳までを縦走したことがありました。
この時の一行はナント30人。

『信州山岳百科2』には次のように書かれています。「…馬で戸台
河原の合流点まで登り、ここで馬からおりて駒ヶ岳の六合目泊まり、
仙丈ヶ岳−北岳−間ノ岳−農鳥岳を経て、熊ノ平で暴風雨に前進を
阻まれて2日間停滞した。大部隊が予定変更により食糧難に陥って、
里では知事一行の遭難が伝えられたほどであった。

この時彼は敢然、万一に処するために知事一行を1日2食に節食さ
せて、食糧難を切り抜けることができた。彼はその時「万一知事さ
んは死んでもお上から金が下がるが、おれたち人夫は死ねばあすか
ら女房こどもが飢えてしまう。それに人夫がいざという時に空腹じ
ゃ働けない」と笑って押し切ったという。大正14(1925)年7月
のことであった(田中健康による)。

戦後の1949年(昭和24)、彼は北沢峠から双児山−駒津峰−六万
石−駒ヶ岳の縦走路を開き、それが現在の登山道となっている。1958
年(昭和33)、彼は69歳で生涯を終えたが、同年長野県知事林虎
雄を会長とする地元の市町村山岳会・山岳愛好者等による竹沢長衛
翁記念碑を作る会が発足し、赤河原にレリーフが作られた。

その後度重なる洪水のためレリーフは長衛小屋(ちょうえいごや)
近くに移され、毎年7月に地元山岳会によって「長衛祭」が開かれ
ている」とあります。こんな長衛小屋も1995年(平成7)ごろ、
地元の山梨県芦安村に譲渡、芦安村営の「北沢駒仙小屋」と名前が
変わっているそうです。

正月4日、車の便に甘え同行してみました。途中のサービスエリア
で仮眠。運転に縁のない遅れ人間のこと、横文字とクルマの行き来
に放心状態。翌朝、戸台まで来てピッケルのないのに気づきました。
思い起こせば仮眠の時…。

失態その1、こうなりゃテント番と覚悟を決めた。北沢峠、テント
2泊目。コンロの下の雪が溶けて煮え湯のコッヘルがごろり…。ま
たまた失態のヤケド。「ボケてんじゃないの」という視線。同行の
若いヤツがこれ見よがしに舌打ちをしています。そういえば小生が
一番のオジサン。ああ、ひんしゅく、ひんしゅく…。面目ない。


▼【データ】
【所在地】
・冬:長野県伊那市長谷(旧上伊那郡長谷村)と山梨県南アルプス
市芦安(旧山梨県中巨摩郡芦安村)との境。飯田線伊那市駅の南東20
キロ。クルマ利用・諏訪SA・戸台まで、歩いて5時間30分で北沢
峠。地形図に北沢峠と長衛荘の文字記載あり。

【位置】
・緯度経度:北緯35度44分31.83秒、東経138度12分49.21秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「仙丈ヶ岳(甲府)」(国土地理院「地図閲
覧サービス」から検索)。

【参考】
・「角川日本地名大辞典20・長野県の地名」市川健夫ほか編(角川
書店)1990年(平成2)
「信州山岳百科・2」(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)

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山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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