とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼089号「丹沢・塔ノ岳の尊仏岩」

・【前文】
塔ノ岳には昔、山頂北側に、仏像に似た大岩・尊仏岩があった。し
かし、1924年(大正13)の関東大震災の余震で北西側直下の大金沢
にくずれ落ちた。ここには狗留尊仏がまつられていた。いまはコケ
むした仏像とコイワザクラが訪れるのを待っている。
・神奈川県秦野市と山北町、清川村との境

▼089号「丹沢・塔ノ岳の尊仏岩」

▼【本文】
関東近郊の山・丹沢の入門コースといえば、ご存知ヤビツ峠から
つづく表尾根の塔ノ岳(1491m)。

塔ノ岳には尊仏山荘という名前の小屋があるように昔、山頂北側
に、仏像に似た大岩・尊仏岩があり、「ソンブッツァン」としたわ
れ、近郊の住民の信仰を集めていたといいます。

しかし、1923年(大正12)9月1日に関東大震災が起こり、その
翌年の1924年(大正13)1月15日の余震(余震ではなく別の地震
ともいう)で、もろい大岩はコナゴナになって、北西側直下の大
金沢にくずれ落ちたといいます。

この大岩には狗留尊仏(くるそんぶつ)という仏さまがまつられ
ていて、干ばつのときは、大事な雨乞いの場になっていました。

岩の高さは1丈(3.03m)とも3丈とも、また5丈8尺あったと
もいわれていますから、いずれにしても大岩だったわけです。

狗留尊仏とは、過去七仏のひとつで、お釈迦さまのように悟りを
ひらき、完全人格者になり、仏陀のなれた人が過去に7人いたと
する考えなのだそうです。

ある年の4月、尊仏山荘でイラストの個展を開催させて戴きまし
た。その最中に尊仏の大岩を訪れてみました。

地震でくずれた尊仏岩のなごりは、急なガケにへばりついて、高
さを裏から測るのと表から測るのでは大きな差が出てしまいます。

これでは測り具合で高さが違ってくるわけです。そんな傾斜地の
中、尊仏岩の土台に生えたコイワザクラの花が満開です。そのわ
きで、首をとられた仏像がコケむしていました。

▼【データ】
【山名・地名】山頂北側にあった尊仏岩の尊称お塔による。

【所在地】
・神奈川県秦野市と同県足柄上郡山北町、同県愛甲郡清川村との境。
小田急線渋沢駅からバス、大倉から歩いて3時間30分で塔ノ岳(と
うのだけ・標高1490.9m)。三等三角点がある。地形図に山名と三
角点と標高、尊仏山荘の文字の記載あり。

【位置】
・三角点:【緯度経度】北緯35度27分14.67秒、東経139度09分47.86
秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)

【基準点の詳細】
・基準点:(基準点コード:TR35339114301)(点名:塔ケ岳)(冠字
選点番号:沢 148)(種別等級:三等三角点)(基準点成果状態
:正常)(測地系:世界測地系)(緯度経度:緯度 35°27′14.5647、
経度 139°09′47.8495)(標高:1490.94m)(基準点現況状態:亡
失 20090804)(所在地:記載なし)(点の記図閲覧:×)。(国土地
理院「基準点成果等閲覧サービス」から検索)

【点の記】
・閲覧不能

【地図】
・2万5千分の1地形図「大山(東京)」(国土地理院「地図閲覧サ
ービス」から検索)。5万分の1地形図「東京−秦野」(国土地理院
「基準点成果等閲覧サービス」から検索)

【山行】
・1987年(昭和62)3月28日(土・晴れ)

【参考文献】
・「角川日本地名大辞典14・神奈川県」伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『新編相模風土記稿』(巻之17村里部足柄上郡巻之6大井庄):大
日本地誌大系19「新編相模風土記稿・1」(雄山閣)1980年(昭和55)
・「塔ノ岳孫仏記」坂本光雄:「あしなか第41輯」(山村民俗の会)
1954年(昭和29)
・「日本歴史地名大系・神奈川県」(平凡社)1990年(平成2)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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