とよだ 時・山旅漫歩゚民俗画
山の伝承【ひとり画通信】

▼085号「北ア・五竜岳のテント停滞」

・【概略】
5匹の竜とはすごい名前だがこれはただの当て字。7月、五竜小屋
は大風雨で停滞ときめた。前線が行ったりきたりでテントの中を雨
水が流れる。3日目の夕方、突然ウソのように雲が切れた。雲海に
沈む夕日。五竜の上の月。なんとも印象的でありました。
・長野県大町市と富山県宇奈月町との境

▼085号「北ア・五竜岳のテント停滞」

▼山旅漫歩゚【ひとり画展】085号
「北ア・五竜小屋のテント停滞」
北アルプスの五竜岳は、長野県と富山県の県境になっている後立
山連峰のほぼ真ん中にある山です。5匹の竜とはすごい名前です
がこれはただの当て字だとのこと。もともとこの山の山頂東面G
2と呼ばれる大きな岩峰の崖には、X字形の割れ目があります。

ふもとの村人は、断崖で冬でも雪が着かないような岩壁を「菱(ひ
し・りょう)」と呼びました。この「菱」には割れ目があるため、
割り菱と読んだとか。菱のまわりに雪が積もると、菱が黒く目立
ちます。またX字の割れ目にも雪がつきはじめると、遠くからは
「四ツ割り菱」の雪形になって見えます。

時は戦国時代のこと、信州側が甲斐の武田の勢力下にあったころ、
残雪または、四角な黒い岩が紋章の形に目立ちはじめます。それ
はまるで当時ここを支配している武田信玄の家紋と同じです。そ
のためご領主さまに気兼ねしたのか、「御」の字をつけ「御稜・ご
りょう」と呼ぶ者も出てきます。それがゴリュウになまったとい
う説がひとつあります。

また信仰の山として賑わった立山側から見てうしろ側にあるので、
後ろ立山、つまり「五立山」だという説、その他「五鯉鮒山」説
があり、雑誌『山岳』で論議されたところです(『北アルプス白馬
連峰 その歴史と民俗』)。また後立山を後立(ごりゅう)と音読
みしたという説もあります。

その「ゴリュウ」との言葉に五竜の字を当てたのは、1908年(明
治41)、ここに登った三枝(さえぐさ)威之介という人だそうです。
三枝威之介一行が北方の白馬岳から縦走。この山にさしかかりま
したが、地図には山の名前が載っていません。地元の案内人に聞
くと「ゴリョウ」という山だとの説明。

漢字を聞いても分かろうはずがありません。「それでは〈五竜〉と
書いておこう」。これが雑誌「山岳」第4年第1号に発表、のち「お
上」が発行(昭和六年五月)した五万分の一の地形図にも掲載さ
れて、とうとう「五竜岳」が本名になってしまいました。ただ三
枝は「山岳」に発表する際、「当て字」と断ったらしいですがその
まま印刷されてしまったと、その後の同誌に記しているという(『角
川日本地名大辞典16・富山』)。

ある天候不順な7月に後立山連峰を縦走していました。白馬岳か
ら唐松岳までは天気ももってくれたものの、五竜山荘前にテント
を張ったと同時に降り出した雨は、だんだんと本降りになりまし
た。天気予報では、北上した梅雨前線がまた南下、居座ったまま
とのこと。

荷を軽くするためもってきたのは小さなツエルトザック。マット
の上を雨水が流れます。次の日も同じこと。唯一の楽しみのアル
コールももうありません。山荘に買いに行ったが「ホワイトガソ
リンはあるが酒類はない」という。

まだ口から火を吐くわけには行きません。まるまる二日間、テン
トの中で何することもなく、がらにもなくあやとりなどで時間を
過ごす。日ごろのせかせか生活が思い知らされます。3日目の夕
方、ウソのように雲が切れました。待っていましたと、小屋の中
から人、人、人。よくもこんなにというほどの人が雲海に沈む夕
日を見に出てきた。五竜岳の上の月がなんとも印象的でありまし
た。

▼【データ】
★【山名】五龍岳(ごりゅうだけ)・餓鬼ヶ岳・割菱ノ頭(わりびし
のあたま)・御稜岳・割菱岳(わりびしだけ)・この地方の方言で菱
(ひし・りょう)は断崖・割菱の意味で、この山の岩肌に走る岩稜
から割菱ノ頭・割菱岳といった説。

武田の勢力下にあった頃、武田菱に似た岩稜を御稜(ごりょう)と
読んだ説。また富山方面から見て信仰で賑わった立山の後ろにある
後立山(うしろたてやま)を後立(ごりゅう)と読んだという説が
ある。

★【所在地】
・長野県大町市と富山県黒部市宇奈月町旧地区(旧下新川郡宇奈月
町)との境。大糸線神城駅の西8キロ。JR大糸線神城駅からテレ
キャビンを利用歩いて8時間で五龍岳。写真測量による標高点(28
14m)と三等三角点(停止【亡失】)(基準点成果等閲覧サービスで
あらわれる)がある。地形図に五龍岳の山名との標高点の標高の記
載あり。付近に何も記載なし。

★【位置】
・標高点(標高2814m、写真測量による標高点)(緯度経度:北緯3
6度39分30.24秒、東経137度45分9.63秒)(国土地理院「電子国土ポ
ータルWebシステム」から検索)

★【基準点の詳細】
【亡失の三角点の詳細】:(基準点コード:TR35437768001)(点名:
平川入)(冠字選点番号:育 33)(種別等級:三等三角点)(成果
状態:停止【亡失】)(測地系:項目なし)(緯度経度:項目なし)(標
高:項目なし)(現況状態:項目なし)(所在地:項目なし)(点の
記図:項目なし)。(国土地理院「基準点成果等閲覧サービス」から
検索)

★【地図】
・2万5千分の1地形図「神城(高山)」or「十字峡(高山)」(2図葉
名と重なる)(国土地理院「地図閲覧サービス」から検索)。5万分
の1地形図「大町−高山」(国土地理院「電子国土ポータルWebシス
テム」から検索)

★【山行】後立山連峰縦走
・第5日:1987年(昭和62)7月30日(木・強風、霧)北ア五龍岳
探訪:1987年(昭和62)7月26日(日)〜8月3日(月)「新宿駅
・千国駅・源長寺・山の神尾根・天狗原・白馬大池・小蓮華山・白
馬岳・天狗の頭・不帰嶮(かえらずのけん)・唐松岳・五竜岳・鹿
島槍ヶ岳・冷池・爺ヶ岳・扇沢出合・信濃大町・松本駅・新宿駅」
:家内と同行

★【参考文献】
・『角川日本地名大辞典20・長野県」(角川書店)1991年(平成3)
・『角川日本地名大辞典16・富山』(角川書店)1991年(平成3)
・『北アルプス白馬連峰 その歴史と民俗』長沢武(郷土出版社)1986
年(昭和61)
・『信州山岳百科・1』(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『旅と伝説」三元社(昭和17年2月号・p10)「山と地形のことば」
高橋文太郎:「民俗学資料集成29」(岩崎美術社)
・『富山県山名録』橋本廣ほか(桂書房)2001年(平成13)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・『日本歴史地名大系16・富山県の地名』(平凡社)1994年(平成
6)
・『山の紋章・雪形』田淵行男著(学習研究社)1981年(昭和56)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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