山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

▼074号「八ヶ岳・権現岳の槍の穂先」

・【概略】
明治にお上がまた聞きの山名を地図に載せ、地元も知らない山名が
できて大混乱の権現岳。かつては薬師岳ともいい修験道場として賑
わい、修行者たちは奥ノ院の薬師岳の頂上に、八の雷神の権現社を
まつった。いま山頂には槍の穂先がある。
・山梨県北杜市と長野県富士見町との境

▼074号 「八ヶ岳・権現岳の槍の穂先」

権現岳、権現山…と権現のつく山は各地に多い。「♪守れ権現、夜
明けよ霧よ、山は命の禊ぎ場所」という山の歌(北原白秋作詞、中
山晋平作曲、慶応大学山岳部部歌)もあります。

コンサイス日本山名辞典(三省堂)で調べてみると、峠・森のつく
ところを入れると、51個所もありました。八ヶ岳の権現岳もそのひ
とつです。

そもそも権現とは、仏や菩薩(ぼさつ)がこの世の生きものを救う
べく、神という仮(権)の姿で表(現)われることなのだそうです。

もとはヒンズー教の神の権化信仰でしたが、平安時代、日本の本地
垂迹(ほんぢすいじゃく)説というムズカシイものと結合して神々
に権現の称号をつけるようになったのだといいます。頭がこんがら
かりそうなはなしです。

八ヶ岳の権現岳は、南八ヶ岳の南部、編笠山の北にどっしりと構え、
比較的訪れる人も少なく落ちついた山行のできる山です。権現岳の
山頂にも槍の穂先が建っていて、山岳宗教信仰の山だったことが分
かります。

さびついた穂先の下の所に「中近世修験道遺跡 此峰昔薬師岳」の
文字が読みとれます。権現岳は江戸中期から明治の初頭くらいまで
は薬師岳と呼ばれていたそうです。

この呼び名は長野県富士見町乙事地区に現存する古地図に記載され
ていることで裏付けられるといいます。

この修験道場は、編笠山、地蔵岳、西擬宝珠、西岳を前山とし、権
現岳を中心とする三ッ岳、刀利天、擬宝珠などの峰々を奥ノ院とし
た壮大な区域。

あたりには修行を行った滝や岩穴があり、不動清水、延命水、観音
平などの地名も残っています。そして修行者たちは奥ノ院の薬師岳
の頂上に、八の雷神(やくさのいかづちがみ)の権現社をまつりま
した。

「八の雷神」とは大雷(おおいかづち)、火雷(ほのいかづち)、黒
雷(くろいかづち)、析雷(さくいかづち)、若雷(わきかづち)、
土雷(つちいかづち)、鳴雷(なるいかづち)、伏雷(ふしいかづち)
の雷神たちです。

「古事記」にある、火の神を産むため死んで黄泉国(よみのくに)
に行った伊弉冉尊(いざなみのみこと)の体から生まれた八雷神だ
というのです。

長野県諏訪郡富士見町の小林増巳、平出藤春らの調査によると、権
現社の石祠の前に建てられていた社は木製で柱になぎ鎌が打ち込ん
であったと推定されるという。

明治10年代、内務省が地図を作成するとき、お上風を吹かした役
人が地元に問い合わせることなく、当時の金持ち登山家がまた聞き
をした山名をそのまま「またまた聞き」して命名したため、地元民
の聞いたことのない山の名が出現。ここでも大混乱したという。

3月、雪の赤岳からキレット経由、ゆれる鉄のハシゴをのぼり、権
現岳へつきました。快晴、360度の展望が広がっています。

雪の南アルプス、中央アルプスから北アルプス、富士山などが日光
に光っています。山頂のさびた槍をバックに記念写真を撮って、満
足マンゾク。

権現岳から先の擬宝珠、西擬宝珠は、吊り尾根状の雪稜、緊張しな
がらやっとノロシバに到着、青年小屋の窓から中に入り泊まらせて
もらいました。家に帰りあとで権現岳撮った写真をみたら、うしろ
の山頂の岩で誰かが昼寝をしているのが写っていました。

▼【データ】
【所在地】
・山梨県旧北巨摩郡大泉村(いまは同県北杜市)と山梨県旧北巨摩
郡小淵沢町(いまは同県北杜市)、山梨県旧北巨摩郡長坂町(いま
は同県北杜市)と長野県諏訪郡富士見町(合併せず)との境。JR
小海線清里駅の北西8キロ。JR小海線甲斐大泉駅から歩いて6時
間で権現岳。標高点(2715m)がある。地形図に標高点その北西
に権現小屋の記載あり。

【位置】
・写真測量による標高点(2715m)。北緯35度56分59.21秒、東
経138度21分35.03秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステ
ム」から検索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「八ヶ岳西部(甲府)」(国土地理院「地図
閲覧サービス」から検索)

【参考文献】
・「角川日本地名大辞典19・山梨県」磯貝正義ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・「角川日本地名大辞典20・長野県」市川健夫ほか編(角川書店)
1990年(平成2)
・「コンサイス日本山名辞典」徳久珠雄編(三省堂)1979年(昭和54)
・「信州山岳百科・2」(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「日本歴史地名大系19・山梨県の地名」磯貝正義ほか(平凡社)
1995年(平成7)
・「山の歌150」土橋茂子編著(山と渓谷社)1981年(昭和

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山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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