山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

▼071号「中央ア・檜尾岳避難小屋の一夜」

雪の稜線島田娘は地吹雪で濁沢大峰でビバーク。翌日檜尾避難小屋
へ。破れマットにボロぶとん。雪を溶かして水をつくる。宝剣行き
をあきらめ尾根を下ることに。風と雪が強くなった。こわれた避難
小屋の屋根のトタンが一晩中ガタンガタン鳴っていた。

▼【本文】

 中央アルプス・木曽駒ヶ岳から宝剣岳から空木岳へ向かう稜
線。険しい宝剣岳を過ぎてホッとする「極楽平」、女性の島田姿
の雪解け模様が出る「島田娘」、源平合戦で、木曽義仲が越え
たとされる「木曽殿越」など変わった地名がならびます。また中
間には檜尾岳があって、直下に避難小屋がありキャンプの指定
地になっています。

 3月、空木岳をめざし、駒ヶ根駅に降り立った私たちに「きの
うも関西の学生が木曽側の宝剣沢へ滑落した。宝剣岳は越え
ないよう」との忠告がありました。駒ヶ岳ロープウェイの駅の外は
雪の世界の千畳敷カール。忠告どおり宝剣岳をまわらず直接
「極楽平」の稜線に出ました。

 雪煙の舞う稜線は風が強く、ろくに目も開けられません。稜線
上の島田娘は、地吹雪で南下するのが結構きつい。ここまでの
ラッセルに時間がかかり、すでに昼過ぎ。途中で日没、やむなく
濁沢大峰の岩の間でビバークします。テントが飛ばされそうで
す。空を見ると飛行機が光っています。

 翌日は快晴。檜尾岳山頂で相談。天気が崩れるとの予報、
雪の状態もかなり厳しい、一日ムダにしたのは予想外。今夜は
避難小屋に泊まり、あす檜尾根を降ることにまとまりました。それ
でも尾根の途中でもう一日ビバークせねばなりません。敗退も
勇気のいることと自分自身を納得させます。

 急な斜面を避難小屋へ下ります。太陽が雪に反射しゴ−グ
ルを通してまぶしい。避難小屋入り口のドアは積もった雪で開
けるのに苦労します。中は破れマットにボロぶとん。古道具が雪
にうまっています。小屋から顔を出すと雄大な空木岳が望めま
す。空木岳の手前の鞍部木曽殿越から東に切れ込む谷は、太
田切本谷です。

 そのムカシ源平合戦の時、源氏の旗あげにこたえた木曽義
仲にゆかりのある谷だという。鎌倉幕府が編纂した歴史書『吾妻
鏡』治承四年(1180)九月七日の項に次のような一文がありま
す。

 ……ここ(長野県伊那地方)に平家の方人小笠原平五頼直と
いふ者有り、今日軍士を相具して、木曾を襲わんと擬す、木曾
の方人村山七郎義直、并(なら)びに栗田寺別当大法師範學
等、此事を聞きて当国市原に相逢いて勝負を決す、両方合戦
半にして、日已に暮る、然るに義直箭(や)窮(つ)きて、頗る雌
伏し、飛脚を木曾(義仲)の陣に遣はして、事の由を告ぐ。仍っ
て木曾、大群を率ゐ来りて、競ひ到るの處、頼直其威勢に怖れ
て逃亡す……。

 つまり、義直の飛脚に応え、義仲が大群を率いこの太田切本
谷を馬で下り、平家方小笠原平五頼直のもとへ攻め込みました
が頼直は逃亡したあとだったというのです。あんな谷を馬で駆
け下りたなんて昔の人はものすごいなとただ感心。

 夕食をつくるため、時間をかけて雪を溶かし水をつくります。
風が出てきました。気がゆるんだか、かたむけるアルコールのま
わりが早い。風が強くなり雪が降りだし、雨戸から舞い込みま
す。ガタンガタン、一晩中こわれた屋根のトタンが音をたててい
ました。風が出てきました。テントの中はコンロの熱で暖かくなっ
てきました。ウィスキーをかたむけてよもやま話。風が強くなり雪
が降りだしてきました。こわれた避難小屋の屋根のトタンが一晩
中、ガタンガタンと鳴っていました。

ちなみに、1967(昭和42)年の夏に千畳敷までロープウエーができ
てからは檜尾岳のような山に下から歩いて登る登山者は激減し、も
っぱら縦走中のエスケープルートか、下山途中の山になってしまっ
たという。そのためかこの避難小屋は案外利用者が多いそうです
(「信州山岳百科・2」信濃毎日新聞社編)。

▼檜尾避難小屋【データ】
【所在地】
・長野県駒ヶ根市と木曽郡大桑村との境。JR飯田線駒ヶ根駅から
バスしらび平下車・駒ヶ岳ロープウェイ千畳敷から3時間10分(無
雪期)で檜尾避難小屋。地形図に檜尾避難小屋の記載あり。避難小
屋より西方272mに檜尾岳三角点がある。

【位置】
・避難小屋:北緯35度45分04.59秒、東経137度48分58.3秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「空木岳(飯田)」or「木曽駒ヶ岳(飯田)」
(2図葉名と重なる)

【参考】
・「吾妻鏡」巻一・治承四年九月七日:岩波文庫「吾妻鏡」(1)龍
 粛訳注(岩波書店)1997年(平成9)
・「角川日本地名大辞典20・長野県」市川健夫ほか編(角川書店)
1990年(平成2)
・「信州山岳百科・2」(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)

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山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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