とよだ 時・山の伝承民俗画
山旅イラスト【ひとり画通信】(ひとり画展)

▼064号「東北・鳥海山御本社神さまとの同宿」

東北で2番目の標高をもつ鳥海山。山頂に御本社と呼ぶ神社がある。
きょうも宿舎は超満員で寝るところがない。テントも禁止。しかた
なく、御本社内に神さまと同宿。地元高校の飲んべえ先生と酒をく
み山談議。山影が日本海に映る「影鳥海」を見なかったのが心残り
だった。

【本文】

▼東北・鳥海山御本社神さまとの同宿

【本文】

山形県の鳥海山(2236m)は東北で2番目の標高をもつ名山です。
出羽富士、鳥海富士、秋田富士、飽海山、羽山、鳥海山、葉山など
の異名があります。山名は鳥の海から由来しているという。山頂に
御本社と呼ぶ大物忌(おおものいみ)神社があります。

大物忌とは、天照大神(あまてらすおおかみ)の朝夕の食事の世話
を奉仕した神官の職名で、穀物の神さまなのだそうです。この大物
忌神社(鳥海山権現)についてはいろいろと深いわけがあるらしく、
江戸中期、大阪の医師、寺島良安が著わした図入り百科事典『和漢
三才図会』(巻第六十五・出羽)にこんなことが書いてあります。

ちょっと長いですが記述してみます。「鳥海山(ちょうかいさん)
権現(大物忌(おおものいみ)神社)。鳥海山(山形県飽海郡遊佐
町にある)。祭神:未詳。慈覚大師が初めて登山したと云々。…。
山頂に寺社はなく唯、奇(あや)しき磐窟(いわや)がある。麓に
社があって、俗に鳥海弥三郎の霊祠であると伝えている。川がある。

鎌倉権五郎景政が鳥海弥三郎と戦って右の目を射られたが、お返し
の矢を放って敵を射殺したのち、目に刺さった矢じりを抜いてこの
川に来て目を洗ったと云々。それでこの川にいるカジカは一眼は眇
(すがめ)である。『陸奥話記』(むつわき)に次のようにある。安
東太郎時頼というものが自ら安倍将軍と名乗り、奥羽二州を押領し
ていた。

四男一女がいて、嫡子(ちゃくし)(※正室との間に生まれた正式
な長男、跡継ぎ)は盲目であった。二男は安東太郎良宗、三男は厨
川次郎貞任(さだとう)、四男は鳥海(とりうみ)弥三郎宗任(む
ねとう)である。〔天喜五年(1057)九月〕源頼義(よりよし)は
勅(ちょく)(※天皇の命令)を奉じて頼時を攻めた。

この戦いで頼時は矢に当たって死んだが、貞任が力戦して、頼義、
同じく義家は敗れた。〔康平五年(1062)〕再び義家は征伐して遂に
貞任を討ち宗任を捕虜とした。(前九年の役)〔二男の良宗は降伏し
て罪を逃れ、女子は義家の妾(しょう)(嫡妻以外の配偶者・そば
め)となった〕。

これ以後、鳥海弥三郎は義家の臣(しん)(※臣下)となった。そ
してのち〔寛治(ママ)五(元)年(1087)〕、義家が(清原)武衡
(たけひら)・家衡を征伐したとき(後三年の役)、鎌倉権五郎景政
(義家の家臣)(生年十六歳)はがっせんして右目を射られた〔康
平五年から30年ののち〕。これより考えれば、景政を射た者が鳥海
弥三郎でないことは明らかである。

ただしその戦場はこの鳥海の辺りであったろう。ここは旧(もと)
弥三郎の所領である。それで鳥海という名がついているのである。
けれども、弥三郎の霊をまつって神とした理由はよく分からない。
以上が『和漢三才図会』の記述です。

さて本題に戻って、ここは鳥海山は、奈良時代からまつられてきた
修験道場でもあったという。登山のシ−ズンには豊作と家内安全を
祈る地元の人たちでお祭りのようなにぎわいを呈すといいます。

ある年の8月、山形県八幡町の湯ノ台口から入山、河原宿(かわら
じゅく)を通って「心字雪」の雪渓を登ります。大きな花のチョウ
カイアザミが何が恥ずかしいのかうつむいています。伏拝岳に登り
ふり返ると夕日が日本海に映えてすばらしい。

御本社そばの御室(おむろ・宿舎)は押すな押すなの超満員。この
あたりはテント禁止です。宿舎を見渡しても寝る場所などありませ
ん。しかたなく、山小屋の人の指示で御本社内に神さまと同宿させ
てもらいました。なんとなく神さまと親せきになったような気分で
す。

いっしょに泊まった地元の高校の飲んべえ先生と酒をくみかわしな
がらの山談議。次々に話がはずみ時間の経つのも忘れます。大大満
足で一夜を過ごしたことでありました。ひとつ心残りは、ご来光で
鳥海山の山影が日本海に映る「影鳥海」を見なかったこと。もう一
度行かなければなりません。

▼御本社【データ】
【山名】・出羽富士、鳥海富士、秋田富士、飽海山、羽山、鳥海山、
葉山、とりのうみやま。鳥の海からの山名。安倍宗任(鳥海弥三郎)
の子孫の移動にともない地名が各地に残った。山峰がまるで鳥が左
右の羽根を広げたようであり、その上日本海を見下ろす山(「日本
山岳ルーツ大辞典」)。奥州藤原一族の鳥海氏の名。

【所在地】
・山形県山形県飽海郡遊佐町。JR羽越本線象潟駅からバス、鉾立
停留所下車、さらに歩いて5時間で鳥海山御本社。御室と大物忌神
社がある。地形図に御室と神社名の記載あり。北方に鳥海山名(新
山)、七高山(三角点2229.2m)と荒神ヶ岳(標高点2236m)の記
載あり。

【位置】
・御本社:【緯度経度】北緯39度05分51.24秒、東経140度02分
55.07秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「鳥海山(新庄)」(国土地理院「地図閲覧
サービス」から検索)。5万分の1地形図「−」(「電子国土ポータ
ルWebシステム」から検索)

【山行】朝日連峰・鳥海山・月山縦走
・第6日:1984年(昭和59)8月4日(金・晴れ)東北鳥海山御本
社探訪:1984年(昭和59)7月30日(日)〜8月5日(日)「上野駅・
山形駅・小朝日岳・大朝日岳・以東岳・大鳥池・酒田・月山・鳥海
山・鉾立・象潟駅・上野駅」:東京野歩路会

【参考文献】
・『角川日本地名大辞典5・秋田県』新野直吉ほか編(角川書店)1
980年(昭和55)
・『古代山岳信仰遺跡の研究』大和久震平著(名著出版)1990年(平
成2)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・『日本歴史地名大系6・山形県の地名』(平凡社)1990年(平成2)
・『和漢三才図会』:(東洋文庫481・『和漢三才図会9』島田勇雄ほ
か訳注(平凡社)1988年(昭和63)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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