とよだ 時・山の伝承民俗画
山旅イラスト【ひとり画通信】(ひとり画展)

▼041号「丹沢・旧ヤビツ峠の餓鬼道」

【前文】
丹沢のヤビツ峠からほどないところにある旧ヤビツ峠は、かつて餓
鬼道と呼ばれていたといいます。このあたりはかつては武田信玄と
小田原の北条氏康との激戦の場でした。
ここにはその時の戦いで腹をすかしながら死んでいった武士たちの
亡霊がさまよっているといいます。その後、この峠にさしかかると
空腹になるという不思議な現象が相次ぎました。
そこでいつのころからか、自分の食糧を餓鬼たちに与えるような風
習が生まれたということです。

▼041号「丹沢・旧ヤビツ峠の餓鬼道」

【本文】
神奈川県丹沢表尾根の出発点ヤビツ峠は1934(昭和9)年、丹沢林
道開通とともにできた新しい峠。旧峠はその西側・岳の台の中腹鞍
部にあります。旧ヤビツ峠は、かつて餓鬼道と呼ばれていたという。

この道は秦野から札掛地区へ食糧を運ぶ重要な道だったという。あ
る冬、雪が降り続き札掛地区の食糧が乏しくなりました。心配にな
った秦野の荷揚げ役の加藤老人は、力自慢の若者に食糧を背負わせ
札掛に向かいました。

ヤビツ峠にさしかかると案の定、腹がへってやりきれません。腰を
ふらつかせながら峠を下るとうそのように元気になります。

このあたりは永禄年間、甲斐の武田信玄と小田原の北条氏康との激
戦の場。その時腹をすかしながら死んでいった武士たちの亡霊がさ
まよっているのだと村人たちは噂しました。

それからは峠越えをする人は自分が食べる前に食糧を餓鬼たちに与
えるようになったという。

ある年の5月、新茅ノ沢から表尾根の烏尾山にとりつきました。ぐ
ずつきかげんだった空からついにポツリ、ポツリ。餓鬼道にさしか
かるころは本降りに。

スケッチするサインペンのインクがにじんでいきます。このあたり
は野犬が多いのか、注意書きの看板が気になりました。

▼【データ】
【所在地】
・神奈川県秦野市。小田急秦野駅からバスヤビツ峠下車、歩いて40
分で風神の祠(岳の台)。標高点(899m)がある。地形図に岳の台
の地名と標高点の標高の記載あり。

【位置】
・標高点:北緯35度25分33.61秒,東経139度12分47.19秒

【地図】
・旧2万5千分の1地形図「大山(東京)」

【山行】丹沢水無川葛葉川沢登り
・日帰り:1983年(昭和57)6月20日(日・くもり)丹沢ヤビツ峠
餓鬼道探訪:「新宿駅・大秦野駅・菩提・葛葉山荘・横向きの滝・
板立ての滝・林道・三ッ俣・三ノ塔・二ノ塔・菩提峠・岳の台・ヤ
ビツ峠・大秦野駅・新宿駅」:ファミリー山行

【参考】
・「尊仏2号」栗原祥・山田邦昭ほか(さがみの会)1989年(平成
1)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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山旅イラスト【ひとり画通信】
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