とよだ 時・山の伝承民俗画
山旅イラスト【ひとり画通信】(ひとり画展)

▼033号「長野県・飯縄山の石仏」

【前文】
5月の連休、飯縄山頂は快晴。残雪のなか石仏と小祠。直下に飯綱
大神の石像。キツネに乗る羽のはえた鼻の高くない小天狗姿。飯綱
三郎天狗といい、「日本八天狗」の3番目にあげられている。小天
狗姿ながらどうしてどうして大物天狗なのである。
・長野県長野市と飯綱町との境

▼033号「長野県・飯縄山の石仏」

【本文】
長野県北西部にある飯縄山(いいづなやま・1917m)は、江戸時代
末期まで戸隠山、小菅山とともに信濃三大修験道場のひとつだった
という。

かつてキツネに他人の運命を告げさせる邪法「飯綱(縄)の法」を
使う修験者がいましたが、その本源はここ。私の生まれた千葉県の
下総地方でも、大人がよく話していたのを子どもごころに覚えてい
ます。

この法は一時、為政者の尊崇を受けその繁盛ぶりは、飛ぶ鳥を落と
す勢いだったそうです。しかし、やっていることが人を惑わす呪法
です。世間から恐れられ嫌がられて消滅、いまは面影もありません。

5月の連休、飯綱山頂は快晴でした。妙高山が大きい。ポカポカ陽
気、残雪のなか、あくびをかみころすのに忙しい。飯綱は飯砂で「天
狗の麦飯」といわれる土のなかの細菌のことという。

飯縄山頂には石仏と小祠だけ。その直下に飯綱(縄)大神の石像が
ポツン。飯綱権現(大神)は荼吉尼天を祭るとされ、石像はキツネ
に乗る羽のはえた鼻の高くない小天狗姿。

名前を飯綱三郎といい、日本八天狗のひとつで、三郎とは京都の愛
宕山太郎坊、滋賀県の比良山次郎坊」に次ぐとされる天狗。小天狗
姿ながらどうしてどうして大物天狗なのであります。

ところで飯綱法のようなものがどうして生まれるものでか不思議で
すね。人間は精神をギューッと集中、圧縮するとなにかとんでもな
いものが生まれるのでしょうか。

そういえばえらいお坊さんが修行に没頭して神仏を湧出させた話は
よく聞きますよね。悪の修行者からは悪の「法」など生まれるので
しょうか。

▼【データ】
【山名】飯縄山(いいづなやま)・飯綱山(いいづなやま)。山頂付
近の湿地の土砂が栗飯や麦飯に似て食べられるといい、飯砂山から
転じて飯縄山になったという。

【所在地】
・長野県長野市と長野県長野市戸隠(旧上水内郡戸隠村)、長野県
上水内郡飯綱町大字牟礼(旧上水内郡牟礼村)との境。信越本線牟
礼駅の西25キロ。JR信越本線長野駅からバス、飯縄高原から歩い
て2時間30分で飯縄山(1917.4m2等三角点)がある

【位置】
・三角点:北緯36度44分22秒,東経138度08分01秒)

【地図】
・2万5千分の1地形図「若槻(高田)


【山行】
・(第1日):1980(昭和55)年5月3日(晴れ)北信飯縄山探
訪:5月3日(晴れ)〜5日:「飯縄高原−飯縄山」ファミリー山
行(福田さんと同行)

【参考】
・『角川日本地名大辞典20・長野県』市川健夫ほか編(角川書店)1
990年(平成2)
・『山岳宗教史研究叢書・9』(富士・御嶽と中部霊山)鈴木昭英編
(名著出版)1978年(昭和53年)
・『山岳宗教史研究叢書16・修験道の伝承文化』五記重編 (名著
出版)1981年(昭和56)
・『山岳宗教史研究叢書17・修験道史料集(T)』五木重編(名著
出版)1983年(昭和58)
・『信州山岳百科・3』(信濃毎日新聞社)1983年(昭和58)
・『図聚天狗列伝・東日本編』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭
和52)

 

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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