とよだ 時 「山の伝承伝説」民俗画
山旅イラスト通信【ひとり画展】

▼031号「南ア・鳳凰三山薬師ヶ岳の高山植物」

【前文】
鳳凰三山のひとつ薬師岳。鳳凰と呼ぶのは、法王(如来)山の意味
だとも、その昔、奈良法皇にちなんだ法皇ヶ岳だともいう。薬師小
屋近く、砂払い岳で南ア特産のタカネビランジをみつけた。ビラン
ジの一品種で淡紅紫色の可憐な五弁花だった。
・山梨県韮崎市と南アルプス市との境

▼031号「南ア・鳳凰三山薬師ヶ岳の高山植物」

南アルプス北部、鳳凰三山のひとつ薬師ヶ岳(2780m)。薬師ヶ岳
は鳳凰三山の南端にあり、別名乗鞍岳ともいうそうです。この山は
東峰・西峰の2つの岩峰があり、北端の地蔵岳に負けない花崗岩の
岩峰です。

両峰の間にある窪地は白砂で、その中にハイマツや高山植物が茂り
ます。各地にある薬師岳は、決まって山の頂上に薬師如来をまつり、
かつての山岳信仰の盛んさをうかがわせます。

また薬師や観音、地蔵などの山の名や、地蔵岳の岩峰を大日岳とい
っているところから、この一帯は大日如来を最高仏としてまつる密
教系修験者によって開かれたのではないかといわれています。

このあたりを鳳凰山とも呼んでいますが、古書に、山上に金色のニ
ワトリがつがいで住んでいるとされたため、鳳(おおとり)にたと
えて鳳凰山といったとあるほか、地蔵岳の姿を大鳥に見立てての鳳
凰、奈良法皇(ならほうおう)からの法皇山説などがあります。

さらにここを鳳凰と呼ぶのは、法王(如来)山の意味から来ている
という。またその昔、奈良法皇(女帝の孝謙上皇とも弓削道鏡(ゆ
げのどうきょう)ともいう)が病気治療のため、早川町奈良田へ滞
在した時、この山に登り安産を祈って地蔵を安置したというのです。

江戸時代天明年間(1781〜1789年)成立の『甲斐名勝誌』萩原元克
編(巻の四・鳳凰山)にも、「山上に黄金の衣冠をつけた三寸ばか
り鳳凰権現像がある。これは奈良の法皇をかたどったものになって
いる。

昔、法皇がこの山に登り、都をしのんだので、法皇ヶ岳と呼ぶ。法
皇が奈良田に住んでいた跡がいまも残っている」という意味のこと
が書かれています。

これが弓削道鏡(ゆげのどうきょう)だというのです。8月、薬師
ヶ岳は白砂がまぶしく、歩くたびにザクッザクッと音をたてていま
す。

薬師ヶ岳小屋近く、砂払い岳で南アルプス特産の高山植物・タカネ
ビランジをみつけました。低山に生えるビランジの一品種でナデシ
コ科の多年草です。淡紅紫色の可憐な五弁花です。

思わず「あ、高嶺美男子だ」といったら同行の家族に思い切りバカ
にされました。

▼【データ】
【山名】別名乗鞍岳

【所在地】
・山梨県韮崎市と南アルプス市との境。中央線韮崎駅の西13キロ。
JR中央本線甲府駅からバス、夜叉神峠入口下車、歩いて6時間半
で薬師ヶ岳小屋。地形図に薬師ヶ岳小屋と砂払の文字がある。薬師
ヶ岳は標高点(2780m・標石はない)がある。地形図に標高点と標
高の記載あり。

【位置】
・薬師ヶ岳小屋:北緯35度41分36.5秒,東経138度18分38.3秒
・標高点:北緯35度41分45.16秒、東経138度18分41.9秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「鳳凰山(甲府)」

【山行】南アルプス鳳凰三山から白峰三山縦走
・第2日:1981年(昭和56)8月2日(日・晴れ)南ア鳳凰三山薬
師岳探訪:1981年(昭和56)8月1(土)〜6日(木)「高尾・甲府駅
・夜叉神峠・鳳凰三山・鳳凰小屋・鳳凰三山地蔵岳・北岳登山口・
白峰お池小屋・北岳・間ノ岳・農鳥小屋・農鳥岳・大門沢・奈良田
温泉・身延線・甲府駅・新宿」:ファミリー山行

【参考】
・「角川日本地名大辞典19・山梨県」磯貝正義ほか編(角川書店)1
984年(昭和59)
・「日本歴史地名大系19・山梨県の地名」(平凡社)1995年(平成7)
・「牧野新日本植物図鑑」牧野富太郎(北隆館)1974年(昭和49)
・「新稿日本登山史」山崎安治(白水社)1986年(昭和61)
・「裏見寒話」巻の三・鳳凰山の条(奈良法皇):「新稿日本登山史」
山崎安治(白水社)1986年(昭和61)所収
・「甲斐名勝誌」(巻の四・鳳凰山の条):「新稿日本登山史」山崎安
治著(白水社)1986年(昭和61)所収
・「日本伝説大系・5」(南関東)宮田登ほか(みずうみ書房)1986
年(昭和61)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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山旅イラスト【ひとり画通信】
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