とよだ 時・山の伝承民俗画
山旅イラスト【ひとり画通信】(ひとり画展)

▼027号「奥秩父・飛竜山のネズミ」

飛竜山の頂上直下にある飛竜権現の祠。甲州側ではこの祠にちなん
で飛竜山。秩父側では大洞山と呼んでいます。ホコラのまわりで昼
食。ネズミが食べ物を貰いに来ます。小さな前足でパンをかかえる
姿に親しみが湧き、話しかけたくなる雰囲気でした。

▼027号「奥秩父・飛竜山のネズミ」

【本文】
奥秩父飛竜山(2077m)は、東京都の最高峰雲取山(2017m)の西
方にあって、頂上直下縦走路には飛竜権現の山宮の祠があります。
この祠は南麓の山梨県丹波山村のもので、江戸時代の文明年間(1469
〜1487年)の創建だといいます。

里宮は丹波山村字上岡道上にあります。祭日は9月29日。明治時
代のはじめまで、祭りには村人の代表が南西に延びるミサカ尾根(下
部は天平(てんでえろ)尾根)を山宮まで登ったという。

飛竜山山頂に行くにはホコラの前から北側に登り、ヤブの中を20分
も歩きます。山頂は三等三角点があるだけですが、6月中旬のシャ
クナゲの群落がみごとです。

この山は甲州側ではこの祠の飛竜権現にちなんで山を飛竜山と呼び
ました。別名大洞山ともいい、秩父側の谷間一帯を大洞ということ
に由来するといいます。

秩父とは国造知知夫彦命が語源だとかイチョウ(チチノキ)が多い
からだとか鍾乳洞の鍾乳石(乳石)からだ、アイヌ語「冷たい清水」
をチチブという説、たくさんの峰があるので「千千峰」、などいろ
いろな説があります。

30数年前の5月の連休、三峰山から雲取山経由で甲武信岳方面へ縦
走しました。飛竜山にさしかかると縦走路わきに飛竜権現の祠が祀
られています。

そろそろお昼です。飛竜権現の祠のそばで昼食をとることにしまし
た。そのころはまだ環境問題をいまほどいわれていない時代でした。
ネズミが食べ物を貰いに来ます。

パンをやると物かげへ運び込み、食べ終わるとまた出てきます。ま
たやるとどこかへ隠れ、またあらわれます。そんなことを4、5回。
恐がるふうもなく、小さな前足でパンをかかえる姿に親しみが湧き、
話しかけたくなる雰囲気でした。

▼飛竜権現の祠【データ】
【山名・地名】
・【異名、由来】:飛竜山は甲州側ではまつってある祠の飛竜権現に
ちなんで山を飛竜山と呼んだ。

【所在地】
・山梨県北都留郡丹波山村。JR青梅線奥多摩駅からバス、丹波か
ら歩いて3時間50分で飛竜権現の祠。そのほかは何もなし。地形図
に鳥居の記号のみ記載あり。付近に何も記載なし。

【位置】
・飛竜権現の祠:北緯35度50分8.81秒、東経138度53分26.8秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「雲取山(甲府)」。5万分の1地形図「甲
府−三峰」

【山行】
・第2日目:1981年(昭和56)5月4日(月・雨):1981年(昭和5
6)5月3日(日)、4日(月)、5日(火)「三峰口駅−三峰神社−
雲取山−飛竜山−笠取山−雁峠−雁坂峠−塩山駅」:「奥秩父三峰・
雲取山・雁坂峠縦走」(ファミリー山行)

【参考】
・「角川日本地名大辞典11・埼玉県」小野文雄ほか編(角川書店)
1980年(昭和55)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「丹波山村教育委員会の手紙」
・「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・「山の憶い出」小暮理太郎:「日本山岳名著全集2」(あかね書房)
1962年(昭和37)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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山旅イラスト【ひとり画通信】
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