とよだ 時・山の伝承民俗画
山旅イラスト【ひとり画通信】(ひとり画展)

▼022号「南ア・農鳥岳大町桂月の歌碑」

【序文】140字
南アルプス農鳥岳の名は、晩春になると農作業の目安になる農の鳥
の雪形があらわれるためその名がついたという。山頂の歌碑「酒の
みて高根の上に吐く息はちりて下界のあめとなるらん」は、明治の
文人の大町桂月が1924年(大正13)ここに登ったとき詠んだものと
いう。
・山梨県中巨摩郡早川町(合併せず)と静岡県静岡市との境。

▼022号「南ア・農鳥岳大町桂月の歌碑」

南アルプスの北岳(きただけ・3193m)・間ノ岳(あいのだけ・318
9m)・農鳥岳(のうとりだけ・3026m)を合わせて白峰(しらね・
白根)三山と呼んでいます。

三山をつけず単に白峰(根)山ともいい、その名は高山のためまわ
りの山々よりも遅くまで白く雪が残るからという。三山のうち北に
位置するのが北岳で、南側の農鳥岳の間にあるのが間ノ岳とは順序
よくできています。

農鳥岳も2峰に分かれ、東側が単に農鳥岳、西にあるのが西農鳥岳。
晩春になると山梨県側に白鳥の雪形があらわれ、それがちょうどふ
もとで農作業をはじめる季節の目安になるため、農の鳥・農鳥岳の
名がついたといいます。

農の鳥の雪形が現れるのは東の方のアスナロ沢源頭だそうな。地元
では夏のはじめ、白鳥の雪形が出るとイネの苗代を、やがて牛の形
が現れるとダイズやアズキをまいたという。雪形は年2回現れるこ
とがあり、秋に積もった雪でまた農牛の形が出て、収穫の作業をは
じめるという。

ところが江戸時代後期の地誌『甲斐国志』巻の三十三・山川部第十
四に「(白峰)この山本州第一の高山にして西方の鎮たり。国風に
所詠の甲斐駒ヵ根是にして白根(中略)中峯を間ノ嶽或は中嶽と稱
す。此峯下に五月に到て雪漸く融て鳥の形をなす所あり。土人是を
見て農候とす。故に農鳥山とも呼ぶ。(後略)」とあり、農鳥の雪形
が現れるのは間ノ岳だとあります。

1902年(明治35)の『大日本地名辞書』にも「中岳は農鳥山(ノト
リ)とも云ひ、初夏、山腹に鳥形を現出す。残雪の斑紋なり。南岳
は別当代(ベットウシロ)と云ひ山中に石膏を出す所あり」(中岳
は間ノ岳、南岳は農鳥岳のこと)とあります。

これによると間ノ岳にも農鳥の雪形が現れるらしい。しかし甲府盆
地から見える南を向いた白鳥があるのは東の農鳥岳だという。また、
農鳥の形とは雪の消えたあとへ出る黒い岩で、卵を三ッ持って現れ
るとの言い伝えもあります(『白峰山脈の記』小島烏水)。

農鳥岳山頂には、明治の文人で詩人の大町桂月(1869〜1925)の歌
碑が建っています。「酒飲みてたかねの峯で吐く息は、散りて下界
の雨となるらむ」。きざんである歌のとおり、桂月は酒と旅をこと
さら好み、1924年(大正13)ここに登ったとき詠んだものだという。

その後、昭和30年代になり、地元の観光協会と山岳会が石碑に歌を
刻んでかつぎ上げましたが、長年の風雪のため、真っ二つに割れて
しまっています。

ある年の8月、農鳥小屋は一晩中吹き荒れていました。きのうの好
天下の稜線歩きはウソのようです。きょうも一日荒れるという天気
予報です。くわばら、くわばら。登山者は風のないだすきにいっせ
いに南麓の奈良田地区をめざして飛び出しました。

ガスのなか、急ぎ足で通り過ぎる人たちを前に石碑は濡れながらか
すんでいました。この歌碑は長い年月、何人の登山者たちを見送っ
たのでしょうか。

深田クラブ選定「日本二百名山」、岩崎元郎選定「新日本百名山」、
山梨県選定「山梨百名山」などに選ばれています。

▼【データ】
【山名】まわりの山々よりも遅くまで白く雪が残るから白根山。
農鳥岳(のうとりだけ)。農の鳥の雪形からの山名。

【所在地】農鳥岳と西農鳥岳がある。
・山梨県中巨摩郡早川町と静岡県静岡市との境。JR中央本線甲
府駅の西30キロ。JR身延線身延駅からバス、奈良田から延べ9
時間30分で農鳥岳、さらに40分で西農鳥岳。農鳥岳には二等三角
点(標高3025.9m)、西農鳥岳には写真測量による標高点(標高30
51m・標石はない)がある。農鳥岳地形図に山名と三角点記号と
その標高の記載あり。西農鳥岳地形図に山名と標高点の標高の記
載あり。

【位置】
・標高点:北緯35度37分29.92秒、東経138度13分46.58秒)

【地図】
・2万5千分の1地形図「間ノ岳(甲府)」(国土地理院「地図閲覧
サービス」から検索)。5万分の1地形図「甲府−大河原」

【山行】南アルプス鳳凰三山から白峰三山縦走
・第5日:1981年(昭和56)8月5日(水・夜半大風)南ア農鳥
岳探訪:1981年(昭和56)8月1(土)〜6日(木)「高尾・甲府駅
・夜叉神峠・鳳凰三山・鳳凰小屋・鳳凰三山地蔵岳・北岳登山口
・白峰お池小屋・北岳・間ノ岳・農鳥小屋・農鳥岳・大門沢・奈
良田温泉・身延線・甲府駅・新宿」:ファミリー山行

【参考】
・『甲斐国志」(巻之三十三)山川部第十四(松平定能(まさ)編集)
1814(文化11年)
・『角川日本地名大辞典19・山梨県」磯貝正義ほか編(角川書店)1
984年(昭和59)
・『桂月全集・別巻」(下)大町桂月(桂月全集刊行会)1929年(昭
和4)
・『白峰山脈の記」小島烏水:「日本アルプス・第1巻」大正13年前
川文栄閣刊):「日本山岳風土記2・中央・南アルプス」(宝文館)1
960年(昭和35)所収
・『日本歴史地名大系19・山梨県の地名」(平凡社)1995年(平成7)
・『山の紋章・雪形」田淵行男著(学習研究社)1981年(昭和56)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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山旅イラスト【ひとり画通信】
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