とよだ 時・山の伝承民俗画
山旅イラスト【ひとり画通信】(ひとり画展)

▼016号「大菩薩・黒川鶏冠山鶏の神社」

大菩薩北側の黒川鶏冠山はニワトリの山。同県丹波山村から見ると、
山なみの上に山頂が三つきわだってまるでニワトリのトサカのよう
に見えるのでその名があるという。山頂には鶏冠山神社奥ノ院があ
り、かつては黄金の神鏡が奉納されていたと伝えられます。

▼016号「大菩薩・黒川鶏冠山鶏の神社」

【本文】
山梨県大菩薩の北側にある黒川鶏冠山(1716m)はニワトリの山で
す。東側の同県丹波山村から見ると、山なみの上に黒川鶏冠山の
山頂が3つきわだってでています。

まるでニワトリのトサカのように見えるのでその名があるのだそ
うです。山頂には鶏冠山神社奥ノ院(黒川権現)があり、かつて
は黄金の神鏡が奉納されていたと伝えられます。

この黒川鶏冠山直下、黒川谷には武田信玄(武田家)の隠し金鉱
跡があります。金鉱掘りの人夫やの他諸々の人たち、遊女たちま
でが住み着いて家並みがならび、一時は黒川千軒といわれるほど
の栄えようだったという。

しかし次第に金鉱もつきて出なくなり閉山に追い込まれます。そ
のとき口封じのため、一緒にいた遊女数十人もを谷底につき落と
したという物語があります。いまでも「オイラン淵」という地名
まで残っています。

この金鉱が閉山のとき、信玄は山中に黄金の鶏を埋めて、この鶏
がときをつくるまでここで産金してはならないと宣言したという伝
説もあるそうです。

黒川鶏冠山の金鉱掘りは鎌倉時代からはじまったといわれますが、
量産に入ったのは戦国時代。武田信虎、信玄の時代からで、武田氏
の中原進出のための軍資金確保だったといいます。黒川鶏冠山から
は砂金が流れ出し、下流の奥多摩町地域でも砂金取りが行われたそ
うです。

3月末の暖かい日。神社は1968年(昭和43)に建て直され、古い
社がころがっています。山頂からは南アルプスなどの展望がよい。
ポカポカとそそぐ太陽、広場に寝ころがっていたらついウトウト。
「オイラン淵」の物語など、まるであの世のことのように思えま
した。

▼【データ】
【山名】鶏冠山(けいかんざん)・黒川山(くろかわやま)。東の丹
波山から見ると山頂が鶏のトサカのように見えるため。

【所在地】
・山梨県甲州市塩山(旧同県塩山市)。中央線塩山駅の北東13キロ。
JR中央本線塩山駅からバス、大菩薩登山口から歩いて5時間30分
で黒川鶏冠山。三等三角点(1710.0m)と写真測量による標高点
(1716m・標石はない)と鶏冠神社の奥宮ががある。地形図に鶏冠
山(黒川山)の山名で記載。

【位置】
・標高点:北緯35度47分18.52秒、東経138度50分8.25秒

・三角点:緯度 35度47分17.473秒、経度 13850分15.8471秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「柳沢峠(甲府)」

【山行】黒川鶏冠山・大菩薩峠
・第1日:1983年(昭和57)3月30日(火)大菩薩・黒川鶏冠山探
訪:1983年(昭和57)3月30(火)〜31日(水)「黒川鶏冠山・丸
川峠・大菩薩峠・介山荘・裂石・大菩薩峠」:ファミリー山行

【参考】
・「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・「日本歴史地名大系19・山梨県の地名」磯貝正義ほか(平凡社)
1995年(平成7)
・「角川日本地名大辞典19・山梨県」磯貝正義ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・「甲斐国志」松平定能(まさ)編集の甲斐国四郡の地誌。1814(文
化11年)完成:(「大日本地誌大系全48巻」(雄山閣出版)
・「日本の山岳標高一覧」(1003)(建設省国土地理院)1991年(平成3)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよた 時】

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山旅イラスト【ひとり画通信】
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