伝説伝承の山旅【ひとり画っ展】とよだ 時

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▼002号 房総・高宕山観音の天狗面

【説明略文】
九十九谷が一望できる高宕山。直下の観音堂のあるところは源頼
朝が武運長久を祈願したところ。下界は正月の準備であわただし
い大みそか。観音堂の日だまりはまるで別世界。静かな境内に岩
肌からしたたる水の音だけが響いていました。

【本文】
 九十九谷(くじゅうくたに)が一望できる房総半島のほぼ中央にある高宕
山(たかごやま)。315mと標高は低いですが西は富士山・東京湾、東は太平
洋九十九里方面の山なみなど360度の展望です。狭い山頂の岩峰には小さな
石祠とふたつの鉄釜がさびて穴があいて置かれています。

 この山は雨乞いの山として有名で、釜にたまった雨水を竹の筒に入れて村
に持ち帰り、田畑にまくと不思議に雨が降り出すという。祠は雨をつかさど
る神「高おかみ神」をまつる清滝(きよたき)神社です。「高おかみ神」の「お
かみ」の漢字は、雨かんむりの下に口を横に3つならべ、その下に龍の字を
書いた何やら難しい字です。

 この神は「暗(くら)おかみ神」と一対で雨を司る神だという。古くから
祈雨、止雨の神で京都の貴船神社の祭神になっています。前者は文字通り高
い山にまつる神であり、丹沢の大山にも祭られています。後者は谷底に祭ら
れます。
 また高宕山の「宕」は、洞のことで、山の名は高くて洞窟のある山のこと
だとも、房総の山のなかでも高い山で、京都にある愛宕山にちなんだものだ
ともいいます。たしかに山頂直下には深くえぐられたような洞窟があり、そ
こに食い込むように観音堂(高宕観音)が建ち、堂の中の柱に京都・高宕山
の象徴になっている天狗の面がかかっています。

 ここにはこんな伝説があります。時は平安末期の治承(じしょう)4年
(1180)、源頼政のすすめで、後白河天皇の第2皇子である以仁王(もちひと
おう)は、平氏の討伐を決意します。その令旨(りょうじ・命令を伝える文
書)に応じて、伊豆で兵を挙げた源頼朝は、同国の目代(もくだい)山木兼
隆を討ち、ついでに三浦氏の大軍との合流を約して相模に向かいます。

 途中、小田原市の南部石橋地区にある石橋山(箱根外輪山のひとつ、255m)
に布陣しますが、平家方の大庭景親らと戦いで苦戦、三浦の大群との合流を
阻止されてしまい大敗しました。頼朝は逃げる途中、倒木の洞に身をひそめ
ますが見つけられてしまいます。しかし、梶原景時に見逃されます。

 九死に一生を得た頼朝は、安房(あわ)の国(房総半島南部)に逃れます。
(東方東京湾沿いの竜島という。鋸南町には頼朝上陸地の碑もあります)。頼
朝は、再挙を図るため、高宕山の肩にある岩壁(いまの観音堂のあるところ)
にこもって、一寸八分の黄金の観音像を刻んで、源氏の再興と武運長久を祈
ったといいます。

 のち念願がかない、鎌倉に幕府を開くと、その仏像を観音堂に寄進したと
いわれ、いまでもその像は富津市田原にある満福寺というお寺に奉納されて
いるという。

 山頂にある鉄釜は、頼朝がこの時、煮炊きに使ったものだとの伝承があり
ます。しかし朽ちかかった釜の文字から、江戸末期の「嘉永年間」銘が読み
とれるのが愉快です。また雨乞いの水は実際は、観音堂わきの岩からしたた
り落ちる水を持ち帰るものだったらしい。

 途中で休んだりすると霊験がなくなるといい、むらの田畑まで走り続けな
くてならないいうから大変です。くみ取る人々は安房地方などかなり遠方か
らも来たという。この水は涸れたことがなく、落下する水のたまった小さな
池は毎年オタマジャクシで真っ黒になります。

 きょう下界は正月の準備であわただしい大みそか。家族連れで、山の中の
テントで正月を迎えようと出かけました。ザックの中の正月料理が重い。観
音堂前の日だまりはポカポカと汗ばみます。ここは遊歩道にもなっていて、
近ごろの子供は勇気があるのかヘビを見たことがないのか妙な立て札が建っ
ています。岩肌からしたたる水の音だけが俗世間から切り離された境内に響
いていました。

★高宕観音堂【データ】
・【所在地】
・千葉県富津市と君津市との境。内房線上総湊駅の北東5キロ。J
R内房線木更津駅からバス宿原下車、歩いて1時間45分で高宕観音。
地形図上には山名と建物記号のみ記載。山頂は観音堂より南東方向
直線約480mにある。

・【位置】
・【高宕観音】北緯35度12分1.6秒、東経139度59分26.8秒

・【地図】
・2万5千分の1地形図「鬼泪山(横須賀)」。5万分の1地形図「横
須賀−富津」

【参考】
・『角川日本地名大辞典12・千葉』(角川書店)1991年(平成3)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)

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【とよだ 時】山の伝承探査
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 漫筆画文・駄画師・漫画家
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