とよた 時・山旅イラスト通信
【旧・ひとり画展】
 

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▼このページの目次

111 南ア・赤石岳の地図の幻の祠マーク
112 房総・高宕山山麓のイラスト展
113 西丹沢・城ヶ尾峠の伝説
114 北ア・薬師岳祠の中の石仏
115 北八ツ・蓼科山の蓼科神社と棒道
116 千葉県・市原市のドロボー神社
117 南ア入り口・鳳凰三山地蔵岳
118 丹沢・大室山山麓道志村大群神社
119 房総・鹿野山の阿久留王
120 東北・朝日連峰の伝説

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▼111号 「南ア・赤石岳の地図の幻の祠マーク」

【概略】
山の赤い「ラジオラリヤ」板石が崩壊して沢が赤くなった。そこで
赤石沢と呼びその源頭にあるので赤石岳。ここは修験道も盛んで山
頂には石ボコラのマークが地図にある。物好きにもその確認に登る
たびにあっちこっちウロウロ。きっとどこかにあるのでしょうね。
・静岡市と長野県大鹿村との境

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▼112号 「房総・高宕山山麓のイラスト展」

【概略】
県民の森「高宕山歩こう会」に便乗、麓の神社で山旅漫歩゚イラス
ト展を企画。前日ロッジに泊まりましたが大雪注意報で会は中止に
なってしまいました。明ければ雲ひとつない上天気です。急ぎ境内
の舞台にイラストのパネルをならべました。音をたてて落ちる雪の
塊。それでも20人位の人が見にきてくれたのが救いでした。
・千葉県君津市

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▼113号 「西丹沢・城ヶ尾峠の伝説」

【概略】
いまも城跡が残るという城ヶ尾山。かつて南朝方の新田義興が鎌倉、
河村郷経由で甲斐に落ちる時砦を築いたという伝説。また信玄が小
田原の北条氏康を攻めた時陣を張ったとのいい伝えがあります。あ
る時、酔狂にも城跡をもとめ登ってみました。しかし、探しに探し
たがとうとう見つかりませんでした。でも…。
・神奈川県山北町と山梨県郡道志村との境

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▼114号 「北ア・薬師岳祠の中の石仏」

【概略】
立山連峰の薬師岳は、山麓の有峰集落のミサノ松が山頂にお堂を建
て薬師如来を祀ったという開山伝説。現在も山頂にお堂を小さくし
たような祠があって、石仏や絵馬がならんでいる。祠のまわりに落
ちているブリキの剣が、かつて盛んだった村人の祭りを思わせる。
・富山市旧大山町

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▼115号 「北八ツ・蓼科山の蓼科神社と棒道」

【概略】
その形が富士山に似ているため諏訪富士とも呼ばれる蓼科山。山か
らしぼり出る水がふもとの村々を潤すので井戸の神とする高井明神
をまつってあります。
昔から富士山に似ていてよい目じるしになり、武田信玄も軍事目的
の棒道を山ろくに作っています。江戸末期の本にはライチョウがい
たとの記録もあるそうです。
・長野県立科町と茅野市との境

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▼116号 「千葉県・市原市のドロボー神社」

【概略】
千葉県市原市にある建市神社奥宮は「盗人」の宮と呼ばれ、泥棒の
神だといいます。
その昔、ひと仕事したドロボーがこの山に逃げ込めば追手の目をく
らますことができたという。
これが仲間に知れわたるところとなり、いつしか「業界」の守り神
として厚く信奉されるようになったのだそうです。
いまは祠の土台だけが残り、小さな石祠が2つ、3つあるばかりで
す。
・千葉県市原市武士。小湊鉄道上総三又駅の東1キロ

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▼117号 「南ア入り口・鳳凰三山地蔵岳」

【概略】
鳳凰三山の鳳凰とは山麓の法雲寺の山号そうです。孝謙天皇にゆか
りがあり、その奈良法皇の転化したのだとの説があります。地蔵岳
との稜線に幕営しました。朝方、モーレツな風でとうとうポールが
折れてしまい、なすすべもありません。テントをたたむのもそこそ
こに雪の中、かけつころびつ鳳凰小屋へ向かって駆け下りました。
・山梨県韮崎市と南アルプス市、武川村との境

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▼118号 「丹沢・大室山山麓道志村大群神社」

【概略】
もともと神とは雄大な自然そのものを敬うことにあったといいま
す。そんな古い形をいまに残しているのが道志村にある大室神社。
大室山をご神体とし、雨屋本殿をきらう神だそうで、いまでも社は
白木の建木だけで建物や屋根がありません。そこに埋め込んだ神鏡
は雨ざらしになっています。この神鏡の裏側は建て替えの時、宮大
工だけが見ることが許されるといいます。
・山梨県道志村

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▼119号 「房総・鹿野山の阿久留王」

【概略】
房総の鹿野山には日本武尊に征伐されたという鬼・阿久留王の墓が
あります。鹿野山の名はもともとは金属が生まれる意味の金生(か
のう)からきており、鹿野山は鉄の山だという。その製鉄部族の王
が阿久留王だという。製鉄の神として毎月1回尼さんの読経の前で
地元の製鉄関連の会社が供養しています。
・千葉県君津市。JR内房線佐貫町駅からバス30分で鹿
野山下車、歩いて20分で阿久留王の塚。地形図になにも記載なし。

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▼120号 「東北・朝日連峰の伝説」

【概略】
朝日連峰の主峰大朝日岳は剣頭山とも呼ばれています。これは見当
山の意味といいます。1598(慶長3)年、米沢城主・直江山城守は
この山を目標にしながらの交通路「朝日軍道」をつくった。「八千
の兵を引き、黒鍬五百、熊斧(よぎ)三百、つるはし鎌の者千人を
先に立て…」という大工事。その痕跡はいまも狐穴小屋、以東岳間
に残っています。
・山形県朝日町・西川町と小国町との境

 

 

 

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