【全国の山・天狗のはなし】  

▼62:全国行脚

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▼01:大太法師

【本文】
 昔、巨人がやってきて全国を歩きまわっていたという。富士山を
つくろうとして、運んでいた土がもっこからこぼれ落ちてあちこち
に山ができたという。また歩いた足跡に水が溜まって池や沼になっ
たなど話が数多く伝わっています。巨人の名は大太法師で、ダイダ
ラボッチとかデーダラ坊などと呼んでいます。

 そのほかダイタイボウ(茨城県)、ダイタボッチ(東京・埼玉)
ダイダラホウシ(栃木県)、ダイテンボウ(会津地方)、デイラボッ
チ(長野県)、レイラボッチ(山梨県)、ダンダンボウシ(富山県)、
ダタンボウ(三重県)、ダイダラボウ(香川県)、ダイタボウ(愛知
県)、デーデッポー(千葉県)などとなまって呼ばれそれぞれ大男
にちなむ地名伝説があります。この巨人伝説は『古事記』や『日本
書紀』などの神話にも出てきます。

 北アルプスは唐松岳の巨人伝説です。大昔、信濃国に雲を突く
ような大男のそりのそりとやってきました。西條の湖のほとりま
で来た時、足もとに枝振りのいい小松を見つけました。「ここには
もったいない唐松だ。もっと高いところに植えてやろう」。

 見渡すと高山がならぶ先に形のいい木曽御嶽が目にとまりまし
た。「よし、あそこの頂上に植えてやろう」。巨人が唐松を引き抜
き大きな手のひらに乗せ、木曽御嶽に手を延ばしました。

 その時、夜がシラジラと明け太陽が顔を出しました。日の光が
嫌いな巨人は大慌て。唐松を放り投げて一目散に逃げ出しました。
唐松は近くの唐松岳の頂上に落ちて根を張ったという。それから
幾千年、西條の湖の跡はなくなってしまいましたが松はいまでも
残っているという。そして信濃国に湖や沼が多いのはその巨人の
足跡だとされています。

 また、奈良時代の『常陸風土記』那珂郡の条にも具体的な地名
が出てきます。茨城県大洗海岸近くの大櫛という所に巨人が住んで
いて、海に手を伸ばし大ハマグリを捕って食べていました。その貝
殻のたまったのがいまの「大串貝塚」だとしています。巨人の足跡
は長さ360mもあり、面積が40平方mもあり、オシッコをしたとき
にできた穴が40平方mあまりというから半端ではありません。

 南北朝時代成立の『神明鏡』(作者不詳)には「道場法師・大駄
法師」の名で記載され、下って江戸時代の『松屋筆記』(高田興清
著)巻五「ダイダラボッチの足跡」にも神奈川県相模原市の大沼は
ダイダラボッチが富士山を背負おうとし、足を踏ん張ったときへこ
んだ所だとあります。巨人足跡は関東だけでも30以上あるといわれ、
全国的にはどのくらいあるでしょうか。

 たとえば東京都世田谷区代田の地名はダイダラボッチのダイタだ
し、近年まであった同地代田薬師付近にあった細長い窪地や、長野
県の飯縄山麓の大座法師池、埼玉県さいたま市の太田窪、長野県諏
訪市の手長神社境内の1反歩ほど水たまりが数ヶ所あり、みな大男
の足跡だとされています。

 房総にも巨人伝説があります。デーデッポーは、富士山に腰をか
けて東京湾で顔を洗い千葉県側にやってきました。ノッシ、ノッシ
と歩いているときエッヘンと咳払い。すると口から島が飛び出しま
した。それが鋸南町から見える浮島のなったといいます。

 また昼寝しようとデーデッポは横になって寝ころんだところ足が
東京湾に届いてしまったという。その時南房総市(旧富山町)にあ
る富山という山を枕がわりにしたため、富山は真ん中がへこみ南峰
と北峰の双耳峰になってしまったということです。

 その山麓にもデーデッポの足跡が残っています。先年鋸南町の水
仙ロードを歩いたとき、足跡を訪ねようと町の職員の方に聞いてみ
ましたが、そこへ行く途中の道が荒廃して藪になっていて通れない
とのことでした。

 この巨人をなぜ大太法師やダイダラボッチというのかについて、
江戸時代から「大太坊蹤(だいたぼうあしあと)」(山崎美成)や「大
太法師弁」(明和舟江)、「怪談几弁・かいだんきべん」などで論じ
られていましたが、結局は「愚量の及ぶところにあらず」というこ
とになっているのだそうです。

 現代でも、タラは貴人の呼称だとする説(柳田国男)、タタラと
関連して鍛冶屋の伝播説、アイヌ語のダイ(小山)とタラ(背負う)
で「小山を背負う」意味から生まれた巨人名。その他台湾の伝説か
らきているとか、はたまたギリシャ神話まで引っ張り出して説明し
ようとする説まであります。



▼【参考文献】
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・『日本架空伝承人名事典』大隅和雄ほか(平凡社)1992年(平成4)
・『日本神話伝説総覧』(歴史読本特別増刊)(新人物往来社)1992
年(平成4)
・『日本伝奇伝説大事典』乾克己ほか編(角川書店)1990年(平成2)
・『日本伝説大系4・北関東』(茨城・栃木・群馬)渡邊昭五(みず
うみ書房)1986年(昭和61):(p358・群馬県一畚山)
・『日本伝説大系5・南関東』(千葉・埼玉・東京・神奈川・山梨)
宮田登ほか(みずうみ書房)1986年(昭和61)
・『日本の民話2』(自然の精霊)松谷みよ子(角川書店)1974年(昭
和49)
・『日本未確認生物事典』笹間良彦著(柏美術出版)1994年(平成
6)
・『常陸風土記』:日本古典文学大系2『風土記』秋本吉郎校注(岩
波書店)1987年(昭和62)
・『房総の伝説』(日本の伝説・6)高橋在久ほか(角川書店)1976
年(昭和51)
・『南方民俗学』(南方熊楠コレクション・2)中沢新一(河出書房)
1991年(平成3)
・『民間信仰辞典』桜井徳太郎編(東京堂出版)1984年(昭和59)
・『柳田國男全集5』柳田国男(ちくま文庫)(筑摩書房)1989年(昭
和64・平成1)

 

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画
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 (主に画文著作で活動)
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