【全国の山・天狗のはなし】  

▼32:静岡県の山

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▼05:天城山・万二万三郎天狗

【略文】
天城山に天城山という山はなく、山地の総称で、ふつうは主峰の万
三郎岳(1405.3m)と万二郎岳(1299m)をいうそうです。万二
郎岳、万三郎岳にはそれぞれに万二郎坊、万三郎坊という名前の天
狗の兄弟がすんでいるらしい。主峰の万三郎岳にすむ万三郎坊が兄
で、低い方の万二郎岳にすむ万二郎坊が弟だという。この兄弟は仲
がよく「八丁の池」で水浴びしたり、万二郎岳にある「天狗の土俵
場」で相撲をとって遊ぶという。
(本文は下記にあります)

▼05:天城山・万二万三郎天狗

【本文】
伊豆の山々といえば川端康成の『伊豆の踊子』、井上靖『あすなろ
物語』、松本清張『天城越え』など文学の香りが強い。♪伊豆の山
々月あわく灯りにむせぶ 湯のけむり…(作詞:野村俊夫、作曲:
古賀政男)の「湯の町エレジー」なども記憶にあります。

とくに1957年(昭和32)12月の愛新覚羅慧生(あいしんかくらえ
いせい)と同級生の大久保武道のピストルによる天城山での心中事
件は、家の格式の違いから結婚を反対された結果の「名門の哀話」
です。ちょうどその前年、石原慎太郎の『太陽の季節』が芥川賞を
受賞し、若者のやりたい放題、暴走ぶりがクローズアップされてい
た時代で、ふたりの純愛ぶりは話題になりました。

伊豆の山といえば天城山。しかし天城山という山はなく、天城山地
の総称で、ふつうは主峰の万三郎岳(1405.3m)、万二郎岳(1299
m)をいい、広い意味では天城西山稜の達磨山(万太郎山・番太郎
山)や猫越岳(ねっこだけ)をはじめ、南豆の猿山、長九郎山、婆
娑羅山(ばさらやま)まで天城山なのだそうです。別称:天城山地、
鹿野山地、甘木(天木)、尼木山(あまぎやま)。

天城(甘木)山は修験道の祖・役行者(えんのぎょうじゃ)にも関
係のある山です。『役行者本記』(室町時代?)には、行者41歳の
時、伊勢から足柄を通って「雨降(丹沢大山)、箱根、天木(甘木、
天城山)走湯山」など巡ったとあります。さらに66歳の時には、
伊豆大島に流され、「此(ここ)ニイルコト三年、昼ハ禁ヲ守リ夜
ハ天木(あまぎ)、走湯、箱根、雨降、日向、八菅、江島(えのし
ま)、日金、富士山ニ通ヒ、毎晩暁時島ニ帰ル」と記しています。

ここに出てくる「あまぎ」とは甘木のことで、ヤマアジサイとその
変種のアマチャの一種をいいます。したがって天城(甘木)山とは、
甘茶をつくるための「アマギアマチャ」を多く産するため(江戸時
代の寛政12年(1800年)の『豆州志稿』編者・秋山富南)に名付
けられたという。また漢方薬のカンゾウが採れたからとか、アイヌ
語の焼いたアシ、さらに天城の字から「高くそびえる天の城」の意
などの山名由来説があります。

この山域は県内でも有数の多雨地域。森林の生育がよく、昔から良
材を産する地で林業が盛んだったそうです。江戸時代には「御料林」
になり森林が保護され、いまも国有林とされ原生林が残っているほ
どです。「天城七木」といえば、マツ、スギ、ヒノキ、モミ、ツガ、
ケヤキ、サクラをいい、スギの美林はとくに有名です。

ここの主峰は万三郎岳(ばんざぶろうだけ)(1405.3m)。異名:伴
三郎岳、大峰(おおみね)、大岳(おおだけ)。伊豆半島の最高峰で、
山頂には一等三角点の標石があります。まわりは潅木が茂り、眺望
をさえぎっています。すぐとなりに万二郎岳(1299m)がありま
す。山頂は樹林に囲まれ展望はありませんが、小さなドウダンツツ
ジの花が登山者を癒してくれます。

この万二郎岳、万三郎岳は、マタギの祖先と伝えられる盤司盤三郎
伝説に関連があるとされています(各地に同様の伝説がある)。こ
の山にはそれぞれに万二郎坊、万三郎坊という名前の天狗の兄弟が
すんでいるらしい。

標高の高い万三郎岳にすむ万三郎坊天狗が兄で、低い方の万二郎岳
にすむ万二郎坊が弟だという。里人は、この兄弟は仲のよい天狗だ
といっているそうです。天城山が雲におおわれて、雨が降り出す日
などには「万三郎さまたち兄弟は、さぞかしうっとうしいかんべえ」
とか、よく晴れた日には「兄弟で水浴びか相撲でも取ってござるべ」
とか話題にしているといいます。

この水浴びをするところが、万三郎岳と天城峠のちょうど間にある
「八丁の池」で、木こりや炭焼が時どき兄弟を見かけたという話も
残っています。また、兄弟が相撲をとるところが、万二郎岳にある
「天狗の土俵場」という場所。いまもそこだけ木が生えなく、まる
く落ち葉が踏みつけられた平地になっています。

さらに西伊豆町南部の「弥宜(ねぎ)の畑」(祢宜の畑温泉がある)
と呼ばれるところには、表面が平らになった巨石がならんでいます。
石の表面に黒と白の斑点がまるで碁石をならべたように点々と浮き
出しており、天狗の碁盤石と呼んでいます。

ここで昔万三郎、万二郎が囲碁を打ちかけ、そのままになった岩だ
とされています。また、河津町の河津七滝に巣くっていた、七頭七
尾の大蛇を退治したのはこの兄弟天狗だっとのといい伝えもありま
す。

伊東市に仏現寺というお寺があります。この寺の宝物は「天狗の侘
び証文」だそうです、長さ3mの紙に文字らしいものがビッシリ書
き込まれています。万治(まんじ・1658〜1661年江戸時代前期)
のころ、柏峠に出没したいたずら天狗が、仏現寺の住職日安上人の
行力に屈して書いたとされる文書で、これまで誰も読めたものがい
ないという。この天狗も万二郎、万三郎兄弟のどちらからしいです
がはっきりしません。

万二郎、万三郎とあるからには万太郎岳があってもいいはずです。
それがあるのです。これらの山からちょっと離れた、伊豆半島北西
部にそびえる達磨山(981.9m)がそれ。山名は、すそ野を広げた
姿が立派で、座禅する達磨大師の姿に似ているからだという。

達磨山は万太郎とも番太郎ともいいます。先の『伊豆志稿』には「蓋
(けだ)シ天狗ノ名ナラン」とありますが、達磨山番太郎天狗の言
いつたえが見いだせないと、天狗研究者は残念がっています。

この山々は富士山(駿河富士)のお姉さん(下田富士)が妹に比べ
て醜い自分を恥じて、天城山という屏風を立ててしまったという伝
説もあります(【山旅ひとり画展】900号)。




▼天城山(万三郎岳)【データ】
【異名】
・天城山:甘木山、狩野(の)山。
・万三郎岳:伴三郎岳、大峰(おおみね)、大岳(おおだけ)。

【所在地】
・静岡県伊豆市と賀茂郡東伊豆町との境。伊豆急行片瀬白田駅の
北西8キロ。JR伊東線伊東駅からバス、天城高原ゴルフ場停留所
下車、さらに歩いて2時間30分で万三郎岳。一等三角点(1405.6
m)がある。そのほか付近に何もなし。

【名山】
・「日本百名山」(深田久弥選定):第73番選定(日本二百名山、
日本三百名山にも含まれる)
・「新日本百名山」(岩崎元郎選定):第67番選定
・「花の百名山」(田中澄江選定・1981年):第80 番選定

【位置】
・一等三角点:北緯34度51分46.22秒、東経139度00分6.5秒

【地図】
・旧2万5千分1地形図名:「天城山」

▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典22・静岡県』竹内理三編(角川書店)1982
年(昭和57)
・『図聚天狗列伝・西日本』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和52)
・『日本架空伝承人名事典』大隅和雄ほか(平凡社)1992年(平成
4)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本の民話・7』(遠江・駿河・伊豆編)菅沼五十一ほか(未来
社)1974年(昭和49)
・『日本歴史地名大系22・静岡県の地名』若林淳之ほか(平凡社)
2000年(平成12)年
・『豆州志稿』江戸時代の寛政12年(1800年)(編者・秋山富南)

 

 

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画
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 (主に画文著作で活動)
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