第4章 動植物のはなし

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この章の目次

 ・(1)丹沢シカのルーツ ・(2)丹沢六木 ・(3)シカ(ニホンジカ)
 ・(4)カモシカ ・(5)キツネ ・(6)タヌキ ・(7)サル(ニホンザル)
 ・(8)リス ・(9)クマ(ニホンツキノワグマ) ・(10)イノシシ
 ・(11)山の鳥たち(聞きなし・センダイムシクイ、ホオジロ、メジロ、
     ツツドリ、クロツグミ、オオルリ)
 ・(12)キツツキの仲間(アカゲラ、アオゲラ、コゲラ)
 ・(13)シジュウカラの仲間(シジュウカラ、ヤマガラ、コガラ)
 ・(14)早春から初夏に咲く花(キブシ、アセビ、クサボケ、コイワザクラ、
     マメザクラ)
 ・(15)ツツジ(ミツバツツジ、ヤマツツジ、ゴヨウツツジ、ドウダンツツジ、
     トウゴクミツバツツジ)
 ・(16)ニシキウツギ、サンシキウツギ ・(17)イワカガミ、ヒメイワカガミ
 ・(18)夏から秋に咲く花(ウツギ、ヒメウツギ、バイケイソウ、マルバダケブキ)
 ・(19)ツリフネソウ、ダイモンジソウ ・(20)バアソブ、ツルニンジン、フジアザミ
 ・(21)ヤマトリカブト ・(22)アケビ、ミツバアケビ、ゴヨウアケビ

 ・コラム「丹沢の名水」

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■(1)丹沢シカのルーツ

 小田原北条の時代から良材の生産地として名高く、江戸時化には
「御林」といわれて幕府から厳重仁保護された丹沢。開発が進んだ
とはいえ、自然保護の声に守られ、多くの動植物たちが私たちの目
を楽しませてくれます。そこで、この章は動植物のおはなしです。
丹沢シカのルーツ 植林したスギやヒノキの若芽をシカから守るた
め、登山道にシカ除けのハシゴや扉がよくあります。

 丹沢にはもともとシカは棲んではいましたが、かつて東丹沢にあ
った県営鳥獣飼費場にいた金華山や宮島産のシカと、大山阿夫利神
社にいた奈良春日山のシカなど、計16頭が太平洋戦争で食料不足
になったため、昭和17年、山に放したのがもとだとされています。

 その後、シカは山中で増えはじめましたが、狩猟がはやり激減し
ました。それがきっかけで保護の声があがり、昭和25年から20
年間で再び数が増え、こんどは山林への被害が出はじめるというあ
りさま。

 そこで昭和四五年から、一定の猟区内に少人数のハンターを入れ、
厳しい制約のもとにシカの数をコントロールしているということで
す。

 たしかに、丹沢ではシカをよく見かけます。以前、蛭ヶ岳山項で
休む登山者に食べ物をねだるシカがいました。私の所にもやってき
てしきりに欲しがります。

 野性の動物に、むやみに食べ物をやってはいけないと開きます。
知らんぷりをしでいたら、突然オシツコをジヤdジャー。あわてて
逃げ出した思い出があります。ば鹿ものめ!

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■(2)丹沢六木

 江戸時代、丹沢といえば東丹沢の札掛集落を中心とした一帯をさ
しました。このあたりは、徳川幕府の「御留山」として樹木は厳重
に保護されました。

 なかでも、ツガ、ケヤキ、モミ、スギ、カヤ、クリ、の六種は「丹
沢六木」といわれ、伐採はいっさいご法度でした。この山に入れた
のは、地元の村人たちだけ。村人たちは、ここで江戸城に使う炭の
生産にあたっていたのでした。

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■(3)シカ(ニホンジカ)

シカ(ニホンジカ)
 山の中で突然シカと出会います。「ピャッ」という声を出して飛
びはね、尻のまわりの白い毛をひろげて、一斉に逃げ出します。

 丹沢のシカはニホンジカともいい、その中のホンシユウジカ。雄
は枝分かれした角を持つていてケンカに使います。角は秋に落ち、
その跡にふくろ角が生え、シカはそれを傷つけないよう気をつけま
す。やがて、ふくろ角の発育がとまって角化すると、大木などにこ
すりつけて袋をはがします。

 以前、檜洞丸近くのピークで休憩し、せんべいを食べていたら、
背中を雄ジカの角でつつかれたことがあります。きっと、せんべい
が欲しかったのかも……。

 秋になると、雌を呼ぶ「ミユーミユ」というもの悲しげな鳴き声
はおなじみのもの。強い雄は場所を確保して通りかかる雌を囲い込
もうとします。そして冬、山は一面の雪。えさがなくなり、どうし
ても植林の苗が欲卜くなります。また、そのころは猟期。冬はシカ
にとつて受難の季節です。

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■(4)カモシカ

 カモシカは、シカという字がついてもウシ科の仲間。ここにいる
のはこホンカモシカといい、雄雌ともに鋭い角があります。

 ニホンカモシカは岩場の多い所に縄張りをつくっていて、なかな
か簡単に見られません。おとなしくて、敵に追われると相手が近づ
けないような、けわしい岩場に逃げ込みます。

 山中で鋭く傷ついた立木を見つけることがあります。これはカモ
シカの角研ぎの跡で、カモシカは縄張りを表わすため、角を木にこ
すりつけたり、自分の食べたあとの技などに、眼下腺から出る透明
な液体をこすりつけてマーキングします。

 こホンカモシカは、アオシシ、クラシシ、ニクなどと呼ばれ、以
前は山地には普通にいたものといいます。

 しかし、毛皮とカツオ漁業用の擬餌針(ぎじばり)に角が適して
いるというので乱獲され、数が激減しました。しかし、昭和30年、
特別天然記念物に指定保護されてからは、次第に増えはじめている
ということです。

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■(5)キツネ

 ある年の3月のこと。すぐ向かいの尾根を大きなキツネが下りて
いきます。

 大きく太い尾、赤茶色に近い体が白い雪に映えています。ジッと
見ている私の視線を感じたのか、キツネが振り向き、目が合ってし
まいました。心なしかやさしい顔に見えたのは、雌ギツネだったか
らでしょうか。

 その夜、ある水場にテントを張りました。今夜あたり、あのキツ
ネが美しい女性に化けてきて、お酌でもしてくれないか…。酒に酔
ってそんなことを期待しましたが、何も起こりませんでした。バカ
だね、オレは。

 キツネはイヌ科の仲間。北海道にいるのがキタキツネで、本州、
四国、九州にいるのはホンドキツネです。

 雑食性で、昆虫や魚、カエル、烏や卵、ノネズミ、ウサギ、果実
やブドウまで食べます。キツネはまた、死んだムりなどをし、ウサ
ギやカラスをおぴきよせて襲ったり、頭に水草をのせて静かに泳い
で水鳥に近づき、捕まえるというけどホントかな。

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■(6)タヌキ

 キツネとの化かし合いなら、やはりタヌキです。丹沢にいるのは、
イヌ科タヌキ属の中のホンドタヌキ。

 体形はずんぐり、足が短くて走行に適していません。雑食性で、
昆虫やナメクジ、ミミズ、ムカデ、カエル、カニ、木の実や果実ま
で、なんでも文句もいわずに食べるそうです。

 知能はイヌやキツネなどよりはるかに低く、警戒心も薄く、驚か
されたりすると、すぐ死んだムりをする……。なんという私にソッ
クリさん。まるで他人とは思えません。いままで野生ザルに親近感
をいだいていましたが、考えなおさねばなりません。

 タヌヰの「死んだふり」は、一種の警戒状態の行動で、一見仮死
状態に見えますが、完全な失神ではないといいます。タヌキはおと
なしく、攻撃や逃走が苦手。長い間に、生きていくうえに都合のよ
かった「死んだふり」の習性が身についたものだそうです。
 よし、私も死んだふりを練習しよう。

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■(7)サル(ニホンザル)

 東丹沢あたりで時々見かけるサル。霊長目オナガザル科のニホン
ザルというのだとか。 登山道で、まわりの木から「クヮンクヮン」
と声がして、ガザガザと枝が揺れる音がします。見張りザルが群れ
に危険を知らせ、逃げていくところです。

 サルは雑食性で、木の芽やヤマブドウ、クリ、昆虫、カキなど、
なんでも食べます。いつかヤマサクラの花の蜜をなめているのを見
たことがあります。

 仏果山で大雨に降られ、宮ガ瀬越えから宮ガ瀬に下った時のこと
です。493mピークあたりで、例の警戒音。さしている傘の下から
のぞいてみると、見張りザルが木の上から逆さに下りてきて藪に消
えていきます。

 しばらく下っていくと、サルの群れに追いついてしまいました。
あわてふためく子ザル。いたずら小僧のように私を振り返り振り返
り、大人ザルのあとを追いかけていきます。その中で悠然と歩くの
がボスザル。威厳に満ちた後ろ姿にしばらく見とれました。

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■(8)リス

 針葉掛の山道にマツカサのようなものがむしられて散らかってい
ます。リスの仕業にちがいありません。リスは、はかに木の芽や葉、

卵、クリ、ドングソ、果実などを食べ、秋には穴にクリをしまい込
み、キノコを枝にかけて乾かして保存食にする利巧ものです。

 丹沢でよく見るのはホンドリス。山道でも注意していると、大の
技分かれした所に、巣を見つけます。小技や木の皮などを寄せ集め

てある、あれです。中は木の葉や草が敷きつめられ、別天地の住み
ごこち。年に2回出産するといいます。

 もうずっと前のこと、臼ヶ岳の近くで突然リスが目の前に飛び出
しました。山道を横切ろうとしましたが、私を見つけ大あわて。近
くの木に飛びついて、頭上を橋わたしになっている技をつたわり、
左手のガケの薮に消えました。そのあわてっぶりのかわいいこと。

 そんなリスも、小鳥の巣を導い、卵をうばうというから見かけで
はわかりません。しかしまた、リスはテンにねらわれるというから、
世の中お互いさまでしょうか。

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■(9)クマ(ニホンツキノワグマ)

 山を歩いていて、いちばん会いたくないのが、このクマさんです。
ニホンツキノワグマというのだそうで、本州、四国に分布。九州で
は絶滅したと見なされているといいます。 胸に三日月形の白い輪
があるツキノワグマ。春はフキやスゲ、タケノコ、秋はコプシの実、
クリ、アケビ、ヤマブドウを食べ、アリやハチが好きなのはご存知
のとおりです。

 木登りが上手で、果実を取るため木に登り、その上でブドウのつ
るや枯れ技を折って尻の下に敷きつめ、円座のようなものをつくる
のは、本書26ページ「丹沢三ツ峰」の所で書いたとおりです。

 私はクマにまだ会ったことはありませんが、ひょっこり出会った
りすると襲ってくるといい、冬ごもりの前後はとくに凶暴になると
開きます。

 では、出会ってしまったらどうしよう。木の上に逃げても登って
くるし、死んだふりも効果なしといわれます。そのうえ、チーズが
好きで匂いにつられてテントに寄ってくるというからクマったクマ
った……。

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■(10)イノシシ

 冬に山を歩いていると、ハンターによく出会います。「何を打つ
んですか」と開くと、たいていは「シシだ」との返事。シカとかウ
サギとかいうと、人の反感をかいやすいからでしょうか。

 イノシシも雑食性で、キノコ、ダケノコ、ヤマイモ、クリ、カシ
やシイの実、ユリの根、ミミズ、ヘビ、カエルとなんでも屋。とき
には大形動物の死肉も食べるそうです。

 イノシシ頬は、肌を「清潔」にするため、泥んこの「お風呂」の
ヌタ場で泥浴びをします。昼間、カヤやササ藪の寝場で休んでいて、
夕方になると出歩く夜行性。どおりでめったにお日にかかれないわ
けです。春に出産し、子どもは体に黄色いきれいな縞があり、ウリ
に似ているので瓜坊と呼ばれるのは有名です。

 ある山村を歩いている時、イノシシを牛小屋のような所で飼って
いる家がありました。鋭い牙はさすがに抜いてありましたが、暴れ

ん坊まるだしの動きと鼻息。イノシシくんとの出会いも、ごかんべ
ん願いたいなア。

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■(11)山の鳥たち(聞きなし・センダイムシクイ、ホオジロ、
    メジロ、ツツドリ、クロツグミ、オオルリ)

 山は野鳥の天国。近くまできて姿を見せてくれます。この烏たち
を見分けられたら、さぞ楽しいでしょう。でも、私たちは山を歩く
のが目的。縦走の途中で、いちいち双眼鏡をのぞき、図鑑をひろげ
るわけにもいきません。

 そこで、歩きながら鳴き声を聞き、人間の言葉にあてはめる「聞
きなし」で、わかったような気になっちやいましょう。信心深い?
ウグイスの「法、法華経」(日蓮宗だな)、コノハズクの「仏法僧」、
コジユケイの「ちょっと来い、ちょっと来い」、ホトトギスの「特
許許可局」などのたぐいは、昔から伝えられてきた聞きなしです。

 落葉広葉樹林の中で「焼酎一杯グイーッ」と鳴く、飲んべぇ鳥は
センダイムシクイ。ウグイスの仲間で、聞き方によっては「鶴千代
君イー」とも聞こえます。「チヨチヨビーチヨチヨビー」と盛んに
さえずります。

 「忠兵衛、長兵衛、長忠兵衛」と呼んでいるのはメジロです。名
前どおり、日のまわりに白い輪があり、よく動きます。おなじみ「一
筆啓上仕り候」と鳴いているのはホオジロ。木のこずえにとまって
「チィチョン、チーツク、チーツク、チィ」とにぎやかです。虫や
草の実を食べています。

 こんなにはっきりした言葉になっていなくとも、口でマネのでき
る鳴き声もあります。

「ポポー、ポポー」という声はツツドリです。ホトトギスの仲間ら
しく、自分の卵をほかの鳥に預けで育てさせるチヤッカリ屋。よく
繁った森林がすみかです。形や羽の色がカツコウに似ています。「ピ
ールリ、ポピーリ、ピース」と美しくさえずり、その途中や終わり
に必ず「ギチギチ」という声を入れるのはオオルリ。

 沢沿いの落葉広葉樹林につがいで棲んでいます。ヒタキの仲間で、
決まったとまり場にいて、虫を見つけると飛び立って空中で捕まえ、
またもとのとまり場に帰るという、この仲間特有の動きをします。

 「キャッキャッ、キョロッ、キェーコ、キエーコ、コイコイ」と
にぎやかに繰り返すのはクロツグミ。明るい落葉広葉樹林やヒノキ
林、マツ林にも棲むそうです。地上をはね歩いて昆虫やミミズをあ
さります。

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■(12)キツツキの仲間(アカゲラ、アオゲラ、コゲラ)

 ブナ林の山道で、キツツキの「タララララ……」というドラミン
グの音が森に響きます。枯木に棲んでいる昆虫を探すのと、繁殖期
にさえずらないかわりに、これで縄張り宣言をしているのだそうで
す。

 それにしても、枯木にやたらと穴が目につきますが、つつく時の
衝撃で脳ミソがどうにかならないか心配です。

 キツツキの舌は、元のほうが頭の後ろから日の上を通り、鼻の穴
にまで届いているといいます。だから、木の穴に舌を入れる時は、
グーンと伸びて、舌の先にあるかぎのような突起で、虫をひっかけ
て引き出すのだそうです。

 キツツキの仲間もいろいろいます。アカゲラは「キョッ、キョッ」
という鳴き声。ゴミムシやシャクトリムシ、植物の実も食べます。

 アオゲラは、日本だけにいるキツツキの仲間。「ピョー、ピョー」
と鳴き、アリ、キクイムシやウルシ、アケビの実なども食べます。

 コゲラは、いちばん小さいキツツキで、アカゲラを小型にしたよ
うな姿です。

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■(13)シジュウカラの仲間(シジュウカラ、ヤマガラ、コガラ)

 よく見かけるシジュウカラの仲間。木の枝や皮に隠れている虫や
クモを食べ、冬には木の実もえさになります。「人生40からだ、
40からだ」と励ましてくれるのもこの仲間です。黒がはっきりし
た烏です。

 「ツッピー、ツッピー」とシジュウカラがさえずっています。と
きには、わざわざ人前に寄ってきて「チッチュビィーッ、ジャララ
ラララ」と、鳴き声を聞かせてくれます。「ジュクジュクジュク」
と地鳴きをします。

 頭が黒く、ほおが白い。首からお腹にある黒い太い線がまるでネ
クタイのようです。毎日、自分の体重と同じ量の昆虫を食べ、野山
を害虫退治に大忙しです。「ツーツーピー、ツーツーピー」とにご
つた鼻声でゆっくりとさえずるヤマガラ。森林部によく見られます。

 あまり大きな群れをつくらず、ひなを連れている時以外は、一年
中つがいで過ごします。固いえさを両足ではさんでたたきわって食
べます。この仲間は、みんな.スズメくらいの大きさです。

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■(14)早春から初夏に咲く花(キブシ、アセビ、クサボケ、
     コイワザクラ、マメザクラ)

 春とは名ばかり、かえつて雪の降る日の多い3月。それでも表丹
沢の南の尾根筋ではポカボカの日だまりハイクです。

 そんな時期、沢筋、谷筋で、キプシがまだ葉の出ていない技から
黄色い花を鈴なりにぶら下げています。林道などから早春の川面に
垂れるキブシの花はよく目立ちます。

 キプシとは、黄色い花が藤のように咲くので黄藤の意味だとも、
この果実をヌルデの五倍子(ふし)の代用品として黒色染料(お歯
異など)に使うので「木ブシ」という説もあります。

 材は、昔は傘の柄に利用したり、つま楊子の材料になったりしま
した。また、枝をいろりの自在かぎにも使ったそうです。

 キブシはまた、一名ズイノキともいいます。村人はこの枝の髄を
取り、明かりをともす時使う灯心に利用しました。普の子どもは、
この髄を芯にしてまりをつくつたりもしたそうです。髄を抜いたそ
の枝に、竹の矢を入れて吹き矢にし、スズメなどをねらったといい
ます。そこまで利用されればキブシも本望でしよう。

 畦ガ丸の名前のもとになっているアセビや、クサボケの赤い花、
フジザクラとも呼ばれるマメザクラもそろそろ咲き出します。

 有毒植物のアセビは、昔は葉を刻んでトイレに入れて、ウジ退治
をしたり、農家では、これを煎じて馬や牛のシラミとりに利用した
といいます。

 同じころ、沢の源頭にコイワザクラが咲いています。サクラソウ
の仲間で、その岩に生えるのがイワザクラ。中部以西、四国、九州
などに分布しています。

 それの小さいのがコイワザクラ。富士山のまわりや、中部地方の
岩場に生えています。これは、フランス人の医師サバチェとパリ博

物館の植物学者フランシェの共著「日本植物目録」に明治10年(1
877)に発表された日本特産の植物。

 丹沢には、表尾根行者岳の鎖場のわきや蛭ヶ岳、鬼ガ岩の岩場に
よく見られますが、塔ノ岳北西の尊仏岩跡のコイワザクラもみごと
です。大正12年(1923)の閑東大責災で崩れ落ちたあとの大
岩にギッシリしがみついて咲いています。その一週間後にはもう花
はしぼみ、しおれかかっていました。

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■(15)ツツジ(ミツバツツジ、ヤマツツジ、ゴヨウツツジ、ドウダン
     ツツジ、トウゴクミツバツツジ)

 1987年(昭和62)の春、塔ノ岳尊仏山荘のご好意で、山のイラ
スト絵はがきの展監会を開きました。山小屋でのイラスト展という
ので、予想外な反響。新聞も全国版に大きく載せてくれ、ニュース
映画が小屋泊まりで取材に来ました。

 期間中は、日曜日が近づくと会場を留守にしてはとソワソワして
きて、毎週土曜日から「出勤」するありさま。

 行くたぴに山の音色がちがいました。大きな富士山をバックに、
茶色だった木々がどんどん緑を増し、咲く花もマメザクラ、コイワ
ザクラ、ヤマプキなどと変わっていきます。

 ツツジ類もみごとです。ミツバツツジの花が下から頂上に咲いて
いきます。紅色のヤマツツジが、緑の木々の間で咲いています。

 展覧会の終わりのころ、山頂付近はミツバツツジにシロヤシオ、
サラサドウダン、その他ナントカツツジ、カントカツツジで彩られ
ていました。

 ミツバツツジは、三つ葉ツツジの意味。枝先に三枚の葉を輪生す
るところからついた名前です。花は紅紫色で葉の出ないうちに咲き、
日本のツツジ頬の中では早咲きのほうだといいます。

 しかし、それより丈が高く、花も遅いトウゴク(束国)ミツバツ
ツジがあります。これは葉柄にまで白い毛が密生しており、花は5
月ころというから、展覧会の終わりころ咲いていたのは、あるいは
これだったのでしょうか。

 山地の岩場に生え、まっ白な花が目立つゴヨウツツジ。五葉ツツ
ジのことで、枝先に葉が五枚輪生状についています。一名シロヤシ
オツツジ。葉が出るのと同時に花が咲き出します。古い幹の皮が、
松の樹皮に似ていることからマッハダ(松膚)の名前もあります。

 檜洞丸南面直下の群生地は有名で、西丹沢箒沢へのツツジコース
が、昭和41年に切り開かれ、毎年5月下旬に檜洞丸項上で、山開
きをかねて「つつじ祭り」が行なわれます。

 いつだったか、塔ノ岳からカモシカ山行をした時、ちょうど山開
きにぶつかりました。青ヶ岳山荘の前ではモチつきをしています。
ヨシッとばかり一うす手伝いました。が、モチつき代のモチは、み
んなに食べられ、一つも口に入りませんでした。食い物のうらみは
オソロシーぞォ。

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■(16)ニシキウツギ、サンシキウツギ

 塔ノ岳の水場から、水筒をかかえて登っていきます。急坂のため
に息が切れ、よそ見をする余裕はありません。

 ふと、足元に赤いつり鐘を長くしたような花が落ちています。ひ
と息ついて、顔をあげてみると、ニシキウツギの花が満開です。一
つ一つの花がこちらをのぞき込むように咲いています。

 この花は初め白く、次第にピンクに変わって最後に赤くなり、か
わりがわり咲くと一本の木に三つの色がついて美しいので、「錦空
木」の意味だという人もいます。

 しかし、この名前は、サンシキウツギ(三色空木)に対するもの
だとかで、ピンクを除いた「二色空木」と書くのが本当のようです。

 これに似たものに、海岸型のハコネウツギがあります。この山地
型のニシキウツギから海岸型ハコネウツギへの移行型が、これまた
たくさんあり、専門家でも区別がむずかしいとくるから、ンモオや
だ!

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■(17)イワカガミ、ヒメイワカガミ

 北アルプスなどでもおなじみのイワカガミ。岩場に生えていて、
その葉が堅く表面の光りぐあいが鏡のようだというので、「岩鏡」
なのだそうです。

 そのくせ、岩とついていながら、尾瀬ヶ原みたいな湿原にも多く、
植物の名前のつけ方も…ウームなのであります。イワカガミさんも
迷惑しているのかも……。

 丹沢でも、沢の湿原の岩場でイワカガミをよく見ます。「イワカ
ガミ、イワカガミ」といっていましたが、文献を調べたら、これら
はヒメイワカガミだとあります。

 どこが違うのか。それならと図鑑を調べます。「葉が小さく、葉
のヘリのギザギザが大まかで荒っぼく、花もイワカガミより小さめ
で、ふつうは白い花だが、紅色の品種もあって、ペニバナヒメイワ
カガミという名前がついている」ときたもんだ。

 ユーシンから檜洞丸へ登る途中のキレットに群落があると聞きま
寸。図鑑とルーペを持って調べに行かねばなるまい。

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■(18)夏から秋に咲く花(ウツギ、ヒメウツギ、バイケイソウ、
     マルバダケブキ、)


 ウツギ。同じウツギの名がついても、ニシキウツギはスイカズラ
科。こちらは♪うの花の匂う垣根に……でおなじみ「うの花」で、
ユキノシタ科。中央アルプス空木岳の山名のもとにもなっています。

 ウツギは夏への季節の変わり目に咲き、白く目立つことから、暦
の普及していなかったころには、農作業の季節を知るのに重要な花。
それゆえ昔は、「ウツギの花が多く咲く年は、豊作だ」などといわ
れていました。

 このウツギの若芽をゆでて食用にするといいますから、人間はす
ごいものです。また、江戸中期の博物学の本「大和本草」(貝原益
軒著)に「空木の粗い皮を取り去って、青い内皮を顔面はたけなど
湿しんに用う」とあり、薬草(木?)にもなるのだそうです。

 同じウツギ属のヒメウツギ。小形のウツギの意味です。蛭ヶ岳北
方の姫次(ひめつぐ)はヒメウツギがなまっものだという説もあ

ります。

 5月ころ、たてに筋の入った大きな若葉の先をピンと立てて、人
の気を引くパイケイソウ。塔ノ岳から檜洞丸の山頂付近にまでよく
見かけます。花は7月ころ。

 漢字で書くと梅尅垂ニいうむずかしい字。梅のような花で、葉が
ランの一種、尢魔ノ似ているのでこんな名前がつきました。

 茎の先に大きな円錐花序というから、柄のある花が、軸から離れ
て房になる形が二重になる形で咲きます。その白い花には臭気があ
ります。

 パイケイソウの根茎には猛毒があって、白藜蘆根(はくりろこん)
とか東雲草(しののめそう)と呼んで、昔はニワトリや牛馬などの
ハムシやシラミをとる、殺虫剤に利用したのだそうです。    
                              
大きなフキのような葉、1mにもなる柄から枝分かれして黄色の花
が咲くマルバダケプキ。丸い葉を持った、山岳に咲くフキのような
植物なので、「丸葉岳蕗」なのだそうです。なるほど、ものは順番
にいっています。

 西丹沢の檜洞丸あたりで見られますが、印象に残っているのは、
南アルプスの仙塩尾根にある苳ノ平という草薙。大きなマルバダケ
ブキの中で、30キロに近いキスリングを背負った若いカワユイ女
性リーダーが、並み居るヒゲづらを相手にテキパキと指図していま
した。

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■(19)ツリフネソウ、ダイモンジソウ

 船の形をした花が、柄からぶら下がって咲くツリフネソウ。釣船
草とはよくいったものです。

 小田急の最終電車で渋沢駅に看き、大倉尾根から丹沢主稜を西丹
沢までカモシカ山行をします。半分居眠りをしながら檜洞丸を過ぎ、
犬越路から急場を下ります。

 用木沢の河原に入るあたり、わが軟弱な足は、主人の命令を無視
して岩につまずきます。そんな時、決まってするのが岩へのやつあ
たり。けとばしたつま先がシビレます。そばでツリフネソウが揺れ
ながら笑っていました。

 ツリフネソウはホウセンカと同じ仲間。熟しかかった朔果を指で
つぶすと、種子がピッとはじけます。そんなことから、丹沢の山里
の子どもたちは「ピッシャリ」とか「ピッシャンコ」などと呼んで
いたといいます。

 仲間に花の黄色いキツリフネがあります。これは古来から有毒と
もいわれています。全草に苦味質「インパチイニド」が含まれ、催
吐作用がありますが、いまだ末詳だそうです。

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■バアソブ、ツルニンジン、フジアザミ

 去年の九月初め、神ノ川支流に野宿をしたことがありました。天
気に恵まれ、夜、沢から見あげる空は、木々にじゃまされてはいま
したが、大きな月と星が輝いていました。

 翌日、橋のたもとから急坂を風巻ノ頭へ登ります。そんな坂の足
元に、鐘形で内側が紫色の花が咲いています。ツルニンジンにも似
ています。

「バアソブよ」。同行のY女史が教えてくれました。花の内側の紫
の斑点をおばあさんのそばかすになぞらえたものだといいます。忘
れっぼいのでメモをし、家に帰って図鑑で調べました。

 キキョウ科のツルニンジン属。やはり、ツルニンジンの仲間です。
草全体にヘクソカズラに似たいやな匂いがする多年草とあります。

 ソブとは長野県木曽地方の方言で、そばかすのこと。ちなみにツ
リガネニンジンは、一名ジイ(爺)ソブ。バアソブは白い毛があっ
て花の形が小柄なのが、ツリガネニンジンとちがうところなのだそ
うです。

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■(21)ヤマトリカブト

 塔ノ岳や丹沢山、檜洞丸付近でよく見かけるヤマトリカプト。山
地に生えているからヤマトリカブトです。普通のトリカブトとちが
うのは花柄に細かい曲がった毛が生えているところだといいます。

 きれいな紫色の花が変わった形で、舞楽の時にかぶる冠(鳥兜・
とりかぶと)に似ているので、山鳥兜なのだそうです。トリカブト
が毒草というのは有名です。テレビでも、トリカブト殺人疑惑事件
の番組をシリーズで放送していたこともありました。

 昔話に、主人が大事にしまってある砂糖を「これは附子(ぶす)
という毒物なのでそばへ行かないように」といっていましたが、太
郎冠者と次郎冠者にさとられ、食べられてしまう話があります。

 狂言の「附子」に出てくるものがもとになっているはなしだそう
で、この附子こそ、なにあろうトリカブトの中国名。普から毒物の
代表で、昔、アイヌの人は、この毒をつけた一矢でヒグマを倒した
ともいわれます。

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■(22)アケビ、ミツバアケビ、ゴヨウアケビ

 秋の山歩きで、アケビの実を見つけるのも楽しみの一つです。普
通、アケビといわれるもののほか、これと同じ小葉が五枚あるゴヨ

ウ〔五葉)アケビと、小葉が三枚のミツバ(三葉)アケビがあり、
どれも食べられます。

 ゴヨウアケビは、アケビとミツバアケビの雑種なのだそうで、葉
のふちに波のような荒い鋸歯があるのが違うところ。

 アケビは熟すと口を開けるので「開け実」の意味だとも、口を開
けないムベに対し、開けムベが開けウベになり、アケビになまった
のだという説があります。

 おいしいアケビも、難点はあの種子です。いちいち口から出して
いては、あごがくたぴれます。そこで「ツウ」は種ごと飲み込んで
しまうのだそうです。

 赤紫がかったアケビの皮。熱湯でゆで、一晩水にさらしてあく抜
きし、刻んで油でいため、砂糖を入れて和えながら煮込んで食べま
す。しかし、アケビはあくまで野生動物のもの。飽食の人間サマは
少しは遠慮いたしましょう。

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■コラム 丹沢の名水

 丹沢の山地と、渋沢丘陵にはさまれた秦野盆地は、丹沢から流れ
出した土砂が埋まり、砂礫層が厚くなっていて、降った雨の大半が

地下水になり、ミネラル分をたくさん含んだ湧き水になって、あち
こちから出ています。 この水は、昭和60年、環境庁の調査検討

会が判定する「全国名水百選」に選定され、地酒やミネラルウォー
ターに利用されています。

 ヤビツ峠の北西、富士見橋から少し門戸口集落へ行った所にある
湧き水もその一つ。ここは、湧水丹沢の水「護摩屋敷橋」で、その
昔、八菅山修験院浄実院の山伏たちが、ここで身を清め、護摩をた
いて修業した所だとか この水は、近くの富士見山荘の先代石田海

蔵が開発。いまは「丹沢の水を守る会」によって管理されています。
すぐそばが宮ガ瀬−秦野聞の道路ということもあって、ドライブに
来た家族連れが、水筒やポリタンクに水をつめているのをよく見か
けます。

 

(第4章 終わり)

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