『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第18章「弘法山・八菅山・仏果山・三峰山周辺」

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▼02:吾妻山

【本文】
 『古事記』や『日本書紀』、また『風土記』などで大活躍する日本武尊。
三浦半島から房総に向かう途中、「走水」で海が大荒れに荒れました。そ
の時、海神を慰めるため妻の弟橘媛(姫)が海に身を投げ、海は静まり房
総へ渡ることができたという。


 東征後、日本武尊は妻を偲び「あづま・はや」と嘆いたという。その場
所が神奈川県伊勢原市と秦野市の境、鶴巻温泉裏の吾妻山だとする伝
説があります。吾妻山山頂のその名も「吾妻神社」の石碑の説明板に、
環境庁・神奈川県が連名で掲示してあります。しかし、この山は『古事記』
や『日本書紀』には出てきません。


 『古事記』(新潮社版)には、「(都へ)還り上り幸(いでま)しし時に、足
柄(あしがら)の坂本に到りて(坂の麓に着いて)、……。(※その坂の神
が白鹿になってあらわれたので尊が殺して)……。かれ(こうして)、その
坂に登り立ちて、三たび(幾度も)嘆(なげ)かして(溜息をつかれて)、「あ
づまはや(わが妻はああ)」と詔(の)云らしき(※いひき)。かれ(それで)、
その国を号(なづ)けて、阿豆麻(あづま)といふ。」とあります。「あづま・
はや」と詠んだのは、箱根の碓氷峠(箱根町宮城野)だとしているので
す。


 一方、『日本書紀』(岩波書店)では、「故(かれ)、碓日嶺(うすひのみ
ね)に登りて、東南(たつみのかたを)望(おせ)りて三たび歎(なげ)きて
曰(のたま)はく、「吾嬬あづまはや」とのたまふ。嬬(つま)、此(これ)をば
菟摩(つま)と云ふ。故因(よ)りて山の東(ひむがし)の諸国(もろもろのく
に)を号(なづ)けて、吾嬬国(あづまのくに)と曰(い)ふ」とあります。


 こちらでは、群馬県安中市松井田町坂本と長野県北佐久郡軽井沢町
との境にある碓日嶺(うすいとうげ・碓氷峠)ということになっています。ど
んな山でもオラホの山は一番。どこへ行ってもナントカ富士という故郷の
富士山があって、富士山と高さ比べをしたという山がたくさんあります。こ
ここそ天照大神(あまてらすおおかみ)が隠れた「戸隠山」だとする石割り
のある山があるのと同じですね。


 ただ群馬県の『日本書紀』に出てくる碓日嶺については、「日本武尊が
詠じるのは、弟橘媛(姫)が身を投げた走水の海が見える場所でなけれ
ばならない」との意見もあって、碓日嶺は箱根碓氷峠の別名だとする説
があるようです。


 さて、秦野市にある、この吾妻山は標高166m。同じ丘陵の西方に
は、弘法山や権現山があります。山の南側には鶴巻温泉があります。か
つては、この山の北にある坂東(ばんどう)に、「大住軍団」という、朝廷直
轄の地方警備の軍団が置かれていたそうです。


 相模国には余綾(ゆるぎ、よろぎ)郡と、大住郡に軍団が置かれていた
のだそうです。ちなみに大住郡とは、伊勢原市・平塚市・秦野市・厚木市
あたりをいっていたようです。この付近が都にとっていかに重要な場所だ
ったかを物語っているのだとか。


 坂東は番所(ばんど)に通じて、軍備の本拠だったという。明治時代の
はじめ、全国的に地図の作成がすすめられました。各地の地名、山名を
記入するとき、日本武尊が箱根の碓氷峠で、『古事記』の記述のように、
相模灘をながめて「あづま・はや」と嘆じたことにちなみ、この山を吾妻山
と呼ぶことにしたというのが本当らしい。山頂の石碑は、明治31(1898)
年に地元が建てたものだとのことです。


 吾妻山の西方にある善波峠(ぜんばとうげ)は標高192m。旅の安全
を祈った石仏が数体たたずんでいます。かつては足柄道の延長路として
栄えた矢倉沢往還で、その要所として旅人たちが越えていきました。足
柄道というのは、足柄峠から坂本駅(いまの関本あたり)に下る道。


 その矢倉沢往還が、坂本駅から秦野の盆地のあたりを通過、善波峠を
越えて箕輪駅(伊勢原市笠窪)に着いたというもの。これら奈良時代から
の交通政策の一環としてつくられた駅でした。峠の名は東にある善波の
集落からきたもの。この集落には、鎌倉時代の武将、善波太郎重氏の舘
があったといい、その墓の五輪塔や宝篋印塔が、付近の串橋集落にある
ということです。



▼吾妻山【データ】
【所在地】
・神奈川県神奈川県伊勢原市と秦野市の境。小田急小田原線鶴巻温
泉駅の西北西2キロ。小田急線鶴巻温泉駅から約30分で山頂。150
m。
【位置】
・標高点なし:北緯35度23分3秒、東経139度16分0.66秒
【地図】
・2万5千分の1地形図:伊勢原



▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『かながわの山』植木知司(神奈川合同出版)1981年(昭和56)
・『かながわの峠』植木知司(神奈川合同出版)1999年(平成11)
・『古事記』:新潮日本古典集成・27『古事記』(中つ記)校注・西宮一民
(新潮社版)2005年(平成17)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本書紀(二)』(岩波文庫)校注・坂本太郎ほか(岩波書店)1996年
(平成8)

 

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