『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第18章「弘法山・八菅山・仏果山・三峰山周辺」

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▼01:弘法山

【本文】
 神奈川県秦野市の町なみの東に、こんもりとした山があります。手前が
三等三角点のある権現山で、奧にあるのが弘法山です。ここは四季を通
じて多くの人たち憩いの場になっています。大山の支峰で、このふたつ
の山は一般にただ弘法山といえば権現山を含めて呼ぶという。


 弘法山の山頂にはいつも水があり、古くから民衆の信仰を集めていま
した。その昔、弘法大師が布教と修行のため諸国を旅していました。ある
時、大師は相模国(神奈川県)にやってきて、秦野の一軒の農家に足を
止めて説法をしていました。


 大師のはなしにエラク感動した地元の人たちは、この山に庵(いおり)
をつくり、大師を迎えました。弘法大師は喜び、山頂で「千座の護摩の
行」をしたという。こうしていつしかこの山は弘法山と呼ばれるようになりま
した。そんなことからか、周囲には観音山・地蔵入(じぞうのいり)などの仏
教的な地名が多くあります。


 ここは1950年(昭和25)には新神奈川八景に当選。また1960年(昭
和35)、県立自然公園に、さらに昭和40(1965)年には丹沢大山国定
公園の一部になりました。弘法山山頂には大師の木造を納めた釈迦堂
と、「乳の水」と呼ばれた古井戸があります。子供が生まれてもオッパイの
出のよくないお母さんは、この水でおかゆをつくり、食べるとよく出るように
なるとされています。


 山頂にはまた、東ろくの曹洞宗亀谷山竜法寺の奥の院があります。さ
らにその一角には「弘法さんの鐘」と呼ばれる鐘楼の鐘があります。鐘は
すぐれた音色で、12キロ四方に響き渡り、時の鐘として民衆に親しまれ
てきました。これは江戸時代の宝暦7年(1757)に、竜法寺支配の念仏
堂を山頂に移築再建した時かけたものという。


 この鐘は明和3年(1766)に火災で破損しましたが、江戸成林庵の松
操智貞尼(しょうそうちていに)と、近隣数ヶ村の農民の寄進をもとに、再
鋳しました。文化3年(1808)には「時の鐘」維持のため、拾万人講を組
織して畑を購入、小作料をその費用にあてたということです。鐘の鋳造に
は、篤志家から寄進された金銀を使われたという。


 また、明治17年(1884)には曾屋村(そやむら・秦野市曾屋)の金融
業共伸社(きょうしんしゃ)に負債をもつ農民たちが集合し、利子の減免
を要求して、ここ弘法山に立て籠もったこともあったそうです。


 弘法山には、昔から「百八松明」(ひゃくはったい)(瓜生野百八松明・
うりうのひゃくはったい)と呼ばれる古い行事があります。この行事は8月
14・15日に、山ろくの人々が数束の麦わらでつくった長さ2〜3mの松
明(たいまつ)をもって山に登ります。


 山頂につくといくつもの山に積み上げて点火します。そして再び松明
大きく振りながら、かけ声とともに下山します。この行事は、祖先の霊を迎
え豊作を祈願する行事でもありました。この「百八松明」というのは人間の
もつ「百八つの煩悩」を消すための行事。


 すぐ西の権現山の頂上は、展望台になっていて、秦野市出身の歌人
前田夕募(若山牧水・夕暮時代といわれる一時代を築いた歌人)の歌碑
があります。


 また弘法山のふもとの善波村(神奈川県伊勢原市善波)にはこんな話
も伝わっています。昔、善波村に大きなクスノキ(楠)が生えていました。
その大楠はまるで森のようで、3里四方は日陰になっていたというから並
はずれています。


 ところが農民たちにとってみれば、田や畑に日がささないので作物が
育ちません。困った村人は、その木を切ろうと相談しますが、「大楠には
神が宿っている。伐ると祟りがあるに違いない」といつも話がまとまりませ
ん。


 ある年、大暴風が来て、木の枝が「暴れるように」揺れて、危なくてしよ
うがない。村人は決心して、とうとう木を伐ることにしました。ただ、祟りが
ないよう伐った幹で太鼓をつくり、伊勢原市の日向薬師さまに奉納するこ
とにしたのでした。それからは村中総出の大作業。75日間も鋸をひき、
やっと伐ったという。


 大楠を伐り倒すと、村中が明るくなり、村人はしばらくまぶしがったとい
う。やがて日本一の大太鼓ができると、約束通り日向薬師に奉納しまし
た。朝晩、その太鼓をたたいて時を知らせると、その音は相模まで響いた
ということです。



▼弘法山【データ】
【所在地】
・神奈川県秦野市。小田急小田原線秦野駅の東2キロ。小田急小田原
線秦野駅下車、歩いて1時間10分で弘法山。。標高点(235m)がある。
【位置】
・標高点:北緯35度22分30.45秒、東経139度15分0.75秒
【地図】
・旧2万5千分1地形図名:伊勢原

▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『かながわの山』植木知司(神奈川合同出版)1981年(昭和56)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本歴史地名大系14・神奈川県の地名』鈴木棠三ほか(平凡社)
1990年(平成2)

 

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