『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第17章「雨山・伊勢沢ノ頭・秦野峠・日影山・シダンゴ山・高松山」

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▼04:シダンゴ山

【本文】
 「自然休養村とちろりん村」の松田町寄(やどりき)集落に、シダンゴ山
(758.1m)という変わった名前の山があります。寄集落は、松田町の北
西部にあり、まわりをシダンゴ山、鍋割山、高松山、雨山峠、檜岳などに
囲まれた山あいのむら。集落の中心部を中津川が流れています。寄の文
字のとおり、足柄上郡のうち、菅沼・弥勒寺・中山・土佐原・宇津茂・大寺
・虫沢の7ヶ村がが寄り合ってできた名前。


 その大寺地区内にあるのがシダンゴ山です。かつてはシダンゴ山の北
を流れる杉の沢沿いの道は、秦野峠から玄倉、神縄集落へ抜ける大事
な交易路だったという。そればかりか、玄倉集落からさらに箒沢、丹沢の
主稜を越えて、山梨県の道志村への嫁入りなどに貢献した道というから
驚きです。しかしいまは秦野峠へ行く道は廃道になっており、寄−玄倉
間を「秦野峠林道」が走っています。


 シダンゴ山は、地元では「シンダンゴ」とか、「ジンダンゴウ」と呼ばれて
おり、かつては大寺地区のカヤ場で生活の山でもありました。江戸時代
に編纂された相模国の地誌『新編相模国風土記稿』巻之十七にも、「○
大寺村(於保天羅牟良)、江戸より行程二十一里餘。○山、西北の方、
総て山続きなり、山中平臺・震旦郷(志牟多牟加宇、)・二巓嶽(爾?牟
乃多介)、・中嶽・檜嶽・中尾ノ峰・奧ノ終(於岐乃波天)等の字あり」とあ
り、震旦郷(志牟多牟加宇)と書かれています。


 つまり震旦の郷(里)だというのです。震旦とは「振丹」「真丹」「神丹」と
も書き、中国の異称。これは古代インド人が、支那の人たちの住む土地
をさして呼んだものとのこと。シナスターナ(Cina-sthana)と呼んだのに基
づくというのです。『大字典』には、「印度にて支那の称。日初めて出でて
東隅に輝くを真丹と云ふ。震旦は音相通ずるなり」と出ています。「日のも
との国」というのと似ていますね。


 この「震旦」の言葉が、インドから中国に伝わったのは後漢王朝の時代
だというから、光武帝が王朝を建てた紀元25年から220年ころの話。孫
悟空、猪八戒、沙悟浄をお供にして、『西遊記』の旅をした三蔵法師が、
壮大な旅を終えて帰国。皇帝の太宗へ差し出した旅の報告書『大唐西
域記』(だいとうさいいきき)のなかに「震旦」の語を用いたことから当時こ
の言葉が流行したという。


 日本へは弘法大師空海によって導入されたといいます。空海が唐から
帰国した平安時代のはじめの大同元年(806)ころのことでしょうか。中国
に関係のある「震旦」がなぜかここにあるのです。その昔、中国・朝鮮半
島からやってきた人々が箱根や丹沢に入植、高度の文化を伝播したこと
は知られています。この大陸からの渡来人たちが、故郷である「震旦の
郷」をこの地に求めて名づけたものらしい。


 さて、シダンゴ山は展望もよく、南は相模湾から北は西丹沢の山々を
眺めることができます。そこには地元で「弥勒さん」と呼んでいる石祠があ
ります。いま集落にある寄神社の前身「波多野庄弥勒寺」(神仏混交だっ
た)に関係があります。波多野庄弥勒寺は、『吾妻鏡』(巻十二)に、1193
年(建久3)、源頼朝の妻の北条政子の安産祈願の為に使者が遣わされ
た「波多野弥勒寺」として登場するお寺です。


 その祠のわきには大寺地区民が建てた石碑があります。以下はその
全文です。「シダンゴ(ウ)山由来。シダンゴ(ウ)は、古来震旦郷と書く。
震旦とは中国の旧異称である。一説に欽明天皇の代(※539即位〜571
・飛鳥時代)、仏教を寄の地に伝える仙人があり、大寺の地、この山上に
居住し、仏教を宣揚したという。当時、箱根明神岳や丹沢の尊仏山(塔ノ
岳)にも同様の仙人がおり、盛んに往来した形跡があったという。この仙
人を「シダゴン」と呼んだことから地名が起こったといわれ、シダゴンとは、
梵語で羅漢(仏教の修行を積み、さとりに達した人)を意味し、「シダゴン」
転じてシダンゴウ(震旦郷)というようになったという。


 この山は現寄神社(旧弥勒神社)の元宮とされ、白馬にまたがった弥
勒菩薩が頂上より中津川に飛び降りた時の馬のひず(づ)めの跡が河原
の大石に残ったとの伝説があり、この石を見たという古老が現存されてい
る。(石は堰堤工事により現在は砂中に埋没)。「白いお馬にめされた弥
勒、弥勒やしろの春祭り」と、寄民謡にもうたわれている。大寺の人は祭
礼の朝毎年交代でこの祠に参拝している。平成五(1993年)十一月吉
日 大寺地区民一同建立」とあります。


 ここには白馬に乗って弥勒さんがふもとの稲郷集落に飛び降りたという
伝説も書かれています。この中で、「箱根明神岳や丹沢の塔ノ岳仙人が
いて、互いに行き来した形跡がある」とあります。そこで明神ヶ岳や塔ノ岳
の仙人について調べましたが、「シダゴン」という仙人についても、一向に
見つかりませんでした。ただ箱根明神ヶ岳は、ふもとに天狗で名高い大
雄山最乗寺があることから、昔から近郊にすむ天狗のたまり場だったとい
い、近くの村人が天狗にさらわれた話があります。


 シダンゴ山の石碑文の中で気になるのは、弥勒菩薩が乗った白馬の
ひづめのあとの残った大石です。村のお宝なのに、堰堤の砂の中とはな
んとも残念ですね。ところで丹沢は名水が有名ですが、ここシダンゴ山に
も名水があります。寄バス停から橋を渡り、つきあたって右の茶畑の中の
道を登って間もなくにある水飲み場がそれ。「シダンゴ山の名水」だとい
う。


 名水とくれば銘酒ときます。ここ寄地区で育てたサツマイモでつくった
特産の芋焼酎があります。「芋の香りとまろやかさが特徴」だそうです。近
年奥深くまで林道が開かれ、手前の宮地山からのハイキングコースとも
つながったこともあり、家族連れのハイカーにも親しまれています。



▼シダンゴ山【データ】
【所在地】
・神奈川県松田町。小田急線新松田駅からバス、寄下車。約1時間30
分でシダンゴ山。三等三角点(757.91m)。
【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から
・三角点:北緯35度24分30.32秒、東経139度7分24.52秒
【地図】
・2万5千分1地形図名:秦野



▼【参考文献】
・『吾妻鏡』(巻十一〜巻十八):「吾妻鏡3」(岩波文庫)龍粛訳注(岩波
書店)1997年(平成9)(蔵書)
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『かながわ 山紀行』植木知司(かなしん出版)1991年(平成3)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『新編相模国風土記稿』(江戸時代後期の地誌):「新編相模国風土記
稿1」(大日本地誌大系19)蘆田伊人校訂(雄山閣)1980年(昭和55)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)

 

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