『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第15章「三国山−不老山」

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▼01:三国山

【略文】
ここには古くから境界争いがあり、1846年の国境紛争事件での裁定
で現在のように決着。北側の三国峠は標高1167m。相模や駿河側の
平地から数百m高いので、戦国時代相模や駿河からの攻撃に対して
一大障壁になっていたという。
・神奈川・山北町と静岡・小山町、山梨・山中湖村との境

▼01:三国山

【本文】
三国山というのも各地に多くあります。たいがいは旧国名の3国の
境目にあります。富士山を背負うように構えているのが山中湖近く
の三国山。


ここもやはり、旧国名の相模国(神奈川県)・甲斐子に(山梨県)・
駿府国(静岡県)3国の境にあるので三国山だという(「新編相模
風土記稿」世附村の項)。


このあたりから産出する木材は良質で、それぞれの領主領民はみな
自分たちの領内としたいところ。古くからこの3国の国境をめぐる
争いがあり、1846年(弘化3・江戸時代)の国境紛争事件での幕府
の裁定で、現在のように決着したいきあつがあるという。


そのあと、明治維新後の廃藩置県でもそのまま引き継がれているの
だそうです。なかでもここから北に延びる甲相国境尾根は、鉄砲木
の頭から大室山に至るまで国境争いが耐えないところ。


菰釣山は山梨県側平野の住民が自分たちの主張が正しいと菰でつく
ったむしろ旗をたててたてこもったのでその名があるという。この
尾根の所々には紛争の様子を書いた看板も見受けられます。


三国山北側の三国峠は、標高1167mあり、相模や駿河側の平地から
数百m高いので、戦国時代には甲斐の国から見ると相模や駿河から
の攻撃に対して一大障壁になっていたという。


この峠は昔から山中湖の平野地区から静岡小山町に至る古道が通
じ、平野には口留番所もあったそうです。


ある年の6月、不老山のサンショウバラはまだつぼみの状態でした。
そのまま縦走し、湯船山・明神峠を通過し三国山に登りました。展
望のきかない山頂は、すぐそばに富士山があるにもかかわらず、ブ
ナの木が幹の太さだけを見せつけていました。



▼三国山【データ】
山名:みくにやま
【異名・由来】
・旧国名の相模国(神奈川県)・甲斐子に(山梨県)・駿府国(静岡県)
3国の境にあるため。
【所在地】
・神奈川県足柄上郡山北町と静岡県駿東郡小山町、山梨県南都留郡山
中湖村との境。富士急行富士吉田駅からバス、平野下車、歩いて2
時間15分で三国山。地形図に山名(三国山)のみ記載。標高点も三
角点もなし。山頂より北方向直線約500mに三国峠がある。
【位置】
・三国山:北緯35度24分02.32秒、東経138度54分59.12秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「駿河小山(甲府)」



▼【参考】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『角川日本地名大辞典19・山梨県』磯貝正義ほか編(角川書店)1984
年(昭和59)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17

 

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