『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第13章「畦ヶ丸−菰釣山」

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▼10:石保土山

【本文】
 西丹沢甲州相州国境稜線は、その昔、相模(神奈川)・甲斐(山梨)
の旧国境紛争があり、三国山で接する駿府(静岡)まで巻き込んで、
平安時代から江戸時代まで千年にもおよんだという。


 その尾根の菰釣山の西南に石保土山(いしほどやま・1297m)(西ノ
丸とも)という山があります。といってもただ通過する山で、すぐ山伏峠へ
下る大棚ノ頭(1268m)に至るところ。北側・山梨県道志村側に石保土
沢があり、また南側・神奈川県側から金山沢が突き上げています。


 金山沢といえば金属にちなむ名前。丹沢には鉱山跡が多くあり、また
金沢、金山沢などという名の地名があちちにあります。塔ノ岳の尊仏岩が
倒壊したという西側の大金沢、丹沢三山の本間の頭、松小屋ノ頭間に突
き上げる桶小屋沢は上へ行くと同じ名前の「金山沢」と名を変え、上流に
は鉱山跡もあります。また北丹沢神ノ川の源流金山谷も武田信玄の隠し
金山といわれるところです。


 ふつう鉱山の坑道の入り口にはたいてい山神社がまつられていたとい
う。鉱山から採取された鉱石を精錬するタタラ師といい、タタラ師の祖神
を金屋子神(かなやごがみ)というそうです。その金屋子神の親神は金山
彦(金山毘古・かなやまひこ)という神さまです。またその妹神は金山毘売
(かなやまひめ)という神。これらの神は金山を司り、鉱山の神とされてい
ます。


 この二神は伊弉冉尊(いざなみのみこと・女神)が、火の神である迦具
土神(かぐつちがみ)を産んだとき、大事なところ(陰所・みほと)を焼か
れ、苦しんで吐いた多具理(たぐり・嘔吐物)から生まれた神。『古事記』
(新潮社)上つ記に、「……次に、火之夜芸速男(ひのやぎはやを)の神
を生みたまひき。


 亦の名は火之迦具土の神(ひのかぐつちのかみ)といふ。この子(この
火神)を(美神が)産みたまひしによりて、みほと(女陰を)炙(や)かえて
(焼かれて)病み臥(こ)やせり(伏せられた)。たぐりに成りませる(嘔吐に
お出来になった)神の名は、金山?古(かなやまびこ)の神。次に金山?
売(びめ)の神。次に、屎(くそ)に成りませる神の名は、波邇夜須?古(は
にやすびこ)の神。


 次に波邇夜須?売(はにやすびめ)の神。次に尿(ゆまり)に成りませる
神の名は、弥都波能売(みつはのめ)の神。次に和久産巣日(わくむす
ひ)の神。この神の子を(この和久産巣日の神の子を)豊宇気?売(とよう
けびめ)の神といふ。かれ、伊耶那美(いざなみ)の神は火の神を産みた
まへるによりて、つひに神避(かむさ)りましき(亡くなられた)」とあります。


 また『日本書紀』(岩波書店)には、「一書(あるふみ)に曰はく、伊弉冉
尊(いざなみのみこと)、火神(ひのかみ)軻遇突智(かぐつち)(※『古事
記』では迦具土)を生まむとする時に、悶熱(あつか)ひ懊悩(なや)む。
因(よ)りて吐(たぐり)す。此神(これかみ)と化為(な)る。


 名を金山彦(かなやまひこ)(※『古事記』では金山?古)と曰(まう)す。
次に小便(ゆまり)まる。神と化為(な)る。名を罔象女(みつはのめ)(※
『古事記』では弥都波能売)と曰(まう)す。次に大便(くそ)まる。神と化為
(な)る。名を埴山媛(はにやまびめ)(※『古事記』では波邇夜須?売)と
曰(まう)す」とあるところ。


 西丹沢・石保土山には、東側から金山沢がはい上がっています。この
金山沢の上流、ビリ沢との分岐あたりに鉱山跡があるらしいとどこかで聞
いたことがあります。ここ金山沢鉱山では銅や、銀が採掘されていたとの
情報もあります。


 石保土山など「ホト」のつく地名は全国にあり、埼玉県の宝登山、神奈
川県保土ヶ谷、青森県の保戸沢、山梨県笠取山の南西にも同名の石保
土山(1673m)があります。


 この文字がつく地名のほとんどは窪地になっているところで、窪地はホ
ト(女陰)を意味するといわれています。またその形から鍛冶のタタラを指
すともいわれます。このように鉱山師の金属信仰に、ホトは重要な役割を
占めています。


 西丹沢の石保土山も鉱山跡のある金山沢がすぐ南にきています。当
然鉱山師たちは坑道のどこかに石ホトをまつった可能性は十分にありま
す。現に登山文化史研究家の谷有二氏も『日本山岳伝承の謎』のなか
で、「丹沢山塊、西部主脈の石保土山は、懐に金山沢を抱いているいる
から、ここで金堀りを行った鉱山師が石女陰(イシホト)を置いた山だろう」
と考察しています。


 菰釣山を出てから2時間弱、石保土山山頂は尾根の上の細長いただ
の平地。山中湖方面へ縦走する登山者はイシホドの意味など関係なく先
を急ぎます。それでも埋蔵してある三角点が、「ここが石保土山だぞ」と主
張しているようです。



▼石保土山(西ノ丸)【データ】
【所在地】
・神奈川県山北町と、山梨県道志村との境。富士急行富士吉田駅
からバス山伏峠、さらに歩いて1時間で石保土山(西ノ丸)。三等
三角点(1297.00m)がある。
【位置】
・三等三角点:北緯35度25分58.69秒、東経138度55分35.03秒
【地図】
・2万5千分1地形図名:御正体山



▼【参考文献】
・『かながわ 山紀行』植木知司(かなしん出版)1991年(平成3)
・『神々の系図』川口謙二(東京美術)1981年(昭和56)
・『古事記』:新潮日本古典集成・27『古事記』校注・西宮一民(新潮社
版)2005年(平成17)
・『祖神・守護神』川口謙二著(東京美術刊)1979年(昭和54)
・『日本山岳伝承の謎』谷有二著(未来社)1983年(昭和58)
・『日本書紀』(巻第一)神代上(かみのよのかみのまき):岩波文庫『日本
書紀(一)』校注・坂本太郎ほか(岩波書店)1995年(平成7)
・『山の神の民俗と信仰』(佐藤芝明)(自費出版)1990年(平成2)

 

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