『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第13章「畦ヶ丸−菰釣山」

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▼05:丹沢・モロクボ沢ノ頭と的さま

【本文】
 かつて「丹沢の秘峰」といわれた、畦ヶ丸から北西600mのところに、
モロクボ沢ノ頭というピークがあります。神奈川県山北町と山梨県道志村
との境で、大室山から菰釣山・三国山までつづく、甲州・相州国境の尾根
の上にあります。神奈川県側からここに突き上げるその名もモロクボ沢が
山名の由来だという。


 ところが、モロクボ沢ノ頭の北側・山梨県の道志川からも、同じ名前の
モロクボ沢(室久保沢)が突き上げています。ちょっと紛らわしいですが、
道志村にはモロクボや何とかクボなどという地名が多い。大久保、室久
保、小室久保、蜂久保など、久保などなど。どれもくぼ地をあらわしている
そうです。


 その道志村からのモロクボ沢の上流で、加入道山方面への湯ノ花沢を
分けたすぐ上流に、的様(まとさま)という神社があります。その川底には、
矢の的(まと)のような丸い標的のような模様の一枚岩があります。この神
社には次のような話が伝えられています。


 昔、鎌倉の源頼朝が富士の巻狩りのおり、ここ道志村に立ち寄りまし
た。頼朝は、はるかモロクボ沢上流に的(まと)になる岩があるという話を
聞き、高やぐらをしつらえさせました。その上に登った頼朝は、沢床にあ
るはずの標的に向かって矢を射ろうとしました。


 ところが、矢の通り道には、ヒノキやカシなどの木々が、薄暗く生い茂っ
ていて、的がぜんぜん見通せません。そこで頼朝はやぐらの上から樹木
をにらみつけて、「暗かろうゾ!」と一喝したのでした。驚いたのは樹木た
ち。四海天下に名だたる頼朝公の大声に、恐れ縮み上がり、木々の葉っ
ぱはしなびはじめ、枝は垂れ下がり、幹は折れて傾き、みな枯れてしまい
ました。


 そして的になる一枚岩が、見通せるようになったのです。頼朝は、さも
ありなんと、ゆうゆうとして強弓を放ち、みごと的を射たのでありました。そ
の距離一里余りもあったというから驚きです。おかげでいまでもモロクボ
沢すじには、ヒノキ、サワラ、カシ、ツバキなどの木々は生えていないとい
う。


 やぐらをしつらえたところを「ヤグラケイト」と呼び、いまは山畑地に開墾
されています。この「ケイト」とは、平地を意味する方言だそうです。このこ
と以来、戸板集落から北西に登る沢を櫓沢と呼び、その名を残していま
す。


 一方モロクボ沢上流の的神社の近くには、この谷唯一の滝があり、滝
の上の沢底は美しい花崗岩の一枚岩になっていて、3つの的さまが刻ざ
まれています。それはひとつの黒点を中心にして、三重の白い標的の同
心円が描かれ、左右に2本の房を垂らした的形の層紋になっています。
一の矢、二の矢、三の矢と射る大弓の的のようになっています。


 こんな的さまに対し、地元の人々は神として敬い、神聖視し合掌するの
でありました。このあたりの木材を伐採する時も、この的さまには触れない
ように気をつかいながら搬出するという。ある時、江戸の木材問屋の信濃
屋が、搬出作業にあたったとこのこと。使用人の中にひとりに荒くれ男が
いました。男は、的さまを馬鹿にし、罵りながら紋層を足げにして、高笑い
までしたのでした。


 すると急に、足蹴にした男の足が痛み出し、七転八倒、苦痛に堪えか
ね転げまわる状態になりました。ほかの使用人も大勢集まって大騒ぎ、こ
の男を熱海の湯河原までかついでいき、湯治治療をさせたという。「これ
は的さまの神罰に違いない」。材木問屋の信濃屋は、石祠をつくり、ここ
にねんごろにまつったという。


 的さまは、いまは五穀豊穣と、雨乞いの神さまとして、村人たちに親し
まれているそうです。またその下にある「的さまの滝」は、毎年4月に祭礼
が行われ、滝壷にある白砂の量の多い少ないにより、その年の作物の出
来不出来を占っているそうです。



▼モロクボ沢の頭【データ】
【所在地】
・神奈川県足柄上郡山北町と山梨県道志村との境。小田急小田原
線新松田駅からバス、西丹沢停留所下車、さらに歩いて3時間30分
でモロクボ沢の頭。
【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から
・モロクボ沢の頭:北緯35度28分52.61秒、東経139度01分40.1秒
【地図】
・2万5千分1地形図名:中川。



▼【参考文献】
・『かながわの山』植木知司(神奈川合同出版)1981年(昭和56)
・『丹澤記』吉田喜久治(丘書房)1983年(昭和58)
・『道志七里』伊藤堅吉(山梨県道志村役場)1953年(昭和28)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)

 

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