『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第13章「畦ヶ丸−菰釣山」

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▼03:畦ヶ丸の初登頂争い

【略文】
かつては丹沢の秘峰だった畦ヶ丸。登山者として初登頂は横浜山岳
会の田杭安太郎と関東岳愛会の釜井盛四郎。大正13年、2人は別々
に山頂をへ。釜井がやっと登った山頂で一枚の紙片を見つけました。
それは30分前、下山したと書かれた田杭安太郎のメモでした。
・神奈川県山北町

▼03:畦ヶ丸の初登頂争い

【本文】
 西丹沢の山々は東丹沢の大山、表尾根、塔ノ岳などに比べ、静か
な登山が楽しめます。畦ヶ丸(1293m)もそのひとつ。山頂に白石
峠補修記念碑が建ち、時おり小さな地蔵さまがのったりしています。
畦ヶ丸の「アゼ」とはアセビのことだといいます。地元ではなまっ
てアゼビとかアセミというのだそうです。


 たしかに畦ヶ丸付近ではアセビの木をよく見かけます。馬がアセ
ビを食べると中毒を起こすことから馬酔木と書くという。また丸は
古代朝鮮語の山の意味だとも、日本語の丸い山のことだともいわれ
ています。


 交通が便利になったいまは、バスの終点から6時間で往復でき、
近くに避難小屋もありますが、かつては丹沢の秘峰といわれていま
した。登山者として最初の登頂は1924年(大正13)年8月末から9
月はじめのこと。


 横浜山岳会の田杭安太郎と関東岳愛会の釜井盛四郎が登ったとい
う。2人は別々に山頂をねらっていました。田杭はセギの沢かバケ
モノ沢方面から登っていきました。釜井は城ヶ尾峠からヤブをこい
で畦ヶ丸山頂へ。


 釜井盛四郎がやっと山頂の達したとき、そこに一枚の紙切れを見
つけました。それはたった30分前に下山したと書かれた田杭安太郎
のメモだったということです。さぞかし釜井盛四郎は地団太ふんだ
ことでしょう。


 この山の周辺は地形が複雑で、おまけにジャングルのように薮が
密集していて、調査に困難を極めたという。1888年(明治21)調査
では測量するにも困難を極め、陸地測量部発行の2万分の1の道志
村図幅には大きな誤りができてしまったことがあったという。


 それもそのはず、この山の周辺の谷はどれも急峻で、大きな滝が
山頂を護衛するかのように立ちはだかっています。北面モロクボ沢
はコッパー沢や水晶沢ショチクボ沢を集めた魚止めノ滝(30m)が
あります。また東面の西沢下棚沢にはF1の下棚(しもんたな)40m
の滝、同じく東面の西沢本棚沢にもF1の本棚50mの滝があります。


 さらに南には大滝沢があり、支流の鬼石沢、ステタロー沢の水を
集め、雨棚(あまんたな)という50mの大滝が控えています。ま
たさらには、西南方面は世附浅瀬からくる大又沢から、その名もバ
ケモノ沢が突き上げるという地形。


 そんなところから、昭和の初めころまでは、「怪峰畦ヶ丸」など
といわれ、ろくに登る人もいなかったという。地元鬼石沢在住で炭
焼をしていたという、明治39年(1906)生まれの湯川仙松という
人がこんなことをいっていたという。


 「永年大滝沢で炭を焼いているが、畦ヶ丸の頂上は踏んだことが
ない。はなしによれば山頂にはアセミ(アセビ)の木がたくさん生
えているそうだから、それをたしかめてきてくれ」(『丹澤記』吉田
喜久治)というくらい、地元の人も山頂を踏まなかったらしい。


 頼まれた著者が山頂に登り、アセビがたくさん生えているのを確
認。「武田久吉によれば<畦ヶ丸の如きは、全山ブナの密林であっ
た>とあるが、実際にはブナは少なくアセミとおもわれるものが相
当にあった。花は咲いていなかったが、蕾はふくらんでいた。三月
上旬、積雪1.50m」と記しています。



 それにしてもいまでは、西丹沢のバス停から善六のタワ経由で3
時間くらいで畦ヶ丸山頂へ行けるというウソのような便利さです。
山頂から西側へ歩けば数分で避難小屋があり、木々の梢を越して富
士山が覗いてくれています。



▼畦ヶ丸山【データ】
【所在地】
・神奈川県足柄上郡山北町。御殿場線谷峨駅の北13キロ。小田急新
松田駅からバス、終点西丹沢下車、歩いて3時間で畦ヶ丸山。三等
三角点(1292.6m)と有志による登路改修事業記念のケルンがある。。
地形図に山名と三角点の標高の記載あり。三角点より南西方向約11
4mに避難小屋がある。
【位置】
・三等三角点:北緯35度28分40.84秒、東経139度01分55.89秒
【三角点】
・点名:アゼガ丸
【地図】
・2万5千分の1地形図「中川(東京)」



▼【参考】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『かながわの山』植木知司(神奈川合同出版)1981年(昭和56)。
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「丹沢」アルパインガイド23羽賀正太郎(山と渓谷社)昭和38
(1963)年。
・『丹澤記』吉田喜久治(岳(ヌプリ)書房)1983年(昭和58)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)

 

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