『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第12章「大笄・小笄−加入道山」

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▼01大笄、小笄

 西丹沢でおなじみ檜洞丸から北西への尾根、犬越路までの間に3
つのピークがあります。最初が熊笹ノ峰(1523m)、大笄(こうげ)
(1510m)、小笄(1320m)です。大笄は尾根の北側・神ノ川方面
では「ヤタ沢の頭」というそうです。なるほど神ノ川の支流のヤタ
沢(矢駄沢)が大笄の峰頭にのびて来ています。

 一方、山梨県道志村では大笄を「原ヶ岳」と呼んでいるという。
また南側に中川川の支流、凍沢(こごえざわ)という沢(※見つか
らず)があるところから、笄(こうげ)は凍(こご)えるの意味だ
とする説もあります。さらにまた、山の姿が中国から伝わってきた
笄(こうがい・かんざしの一種)に似ていることにちなむという説
もあるそうです。

 さらにまたまた、箒沢集落の佐藤某に、「大コーゲとはヨーケ沢
のツメの崖のことだと聞いた」という話もあるのですが、念を押し
たらあいまいな歯切れの悪い返事だったというからこれもムニャム
ニャ……ということに。


 この辺の場所と名前は、昔からはっきりしていなかったらしく、
コーゲと呼んでいたものを笄の字を当てたり、笄と書いてコーガイ
とルビを振ったり、どこが小笄かはっきりしなかったようです。

 昔のガイドブックには小笄は、標高点1288mをいい、1320mは
東沢ノ丸とか東沢頭としています。そして1320mから南西にのび
る尾根を東沢尾根といったりしています。ことほどかように難解な
場所。

 このコウゲについて、民俗学者の柳田國男博士は「地名の研究」
のなかで、こんなことを書いています。「コウゲ、カガ、カヌカ。
美作(みまさか・岡山県の北東部)には何々高下(こうげ)という
大字・小字が多い。−コウゲの語義は今に不明であるが、その何を
意味しているかは分かった。−陸地測量部の五万分一地形図「勝山」
号をみると、美作真庭郡月田村の字に芝と部落があって、これをコ
ウゲと振り仮名している。


 『大日本地誌』中国の巻によれば、津山の町の、二里ばかり東方
に、やや広き原野を日本原といい、土人これをニッポコウゲと称す
るとある。すなわち芝といい原という字をコウゲと呼ぶのは、普通
のノ(野)またはハラ(原)には矮樹林(わいじゅりん)や潅木叢
(かんぼくそう)があるので、これと区別した開けたる草生地のこ
とであろう。さればコウゲという村は何原・何野というと同様に、
そういう草生地を拓いて住んだ村のことで不思議はないのである…
…」。

 以下、例によって難解な文章がならびますが、つまり次のことが
いいたかったようです。「……これらの材料に基づいて自分も疑わ
ないのは、東京人が単にハラまたはクサッパラと呼んでいる地形
を、中国諸県では古くから、コウゲといっているのだということで
ある」。

 一言でいえば、コウゲは中国や四国に多い地名で、かん木もなく、
水の流れに乏しい高原の草生地ということらしい。しかし、それで
は現地・大笄、小笄にあっていないような気がします。大きな原っ
ぱとすれば、大笄・小笄よりも、むしろ熊笹ノ峰の方がふさわしい
ように考えられます。


 こうして結論はまたまたはぐらかされた格好になってしまいまし
た。そもそも1507m(いまの表記1523m)を熊笹ノ峰、1420m
(いまの表記1510m)を大コーゲ、1320m(いまも同じ)を小コ
ーゲと紹介したのは、武田久吉博士だという。


 これに対して丹沢の研究者坂本光雄氏は、1507m(いまの表記
1523m・熊笹ノ峰)を大コーゲ、1420m(いまの表記1510m・い
まの大笄)を小コーゲとしました。こうしてどこがどこだか分から
なくなったまま。ところがところが、一番最初に場所を発表した武
田久吉博士は、蛭ヶ岳から犬越路の間は歩いたことがないというの
です。あららら……。



▼大笄【データ】
【所在地】
・神奈川県足柄上郡山北町と相模原市(旧津久井郡津久井町)との
境。小田急新松田駅からバス、西丹沢下車、約4時間30分で大笄。
【位置】
・大笄:北緯35度29分12.44秒、東経139度05分46.47秒
【地図】
・2万5千分の1地形図:中川



▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『かながわの山』植木知司(神奈川合同出版)1981年(昭和56)
・『尊仏2号』栗原祥・山田邦昭ほか(さがみの会)1989年(平成
元)
・『丹沢記』吉田喜久治(岳(ヌプリ)書房)1983年(昭和58)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『柳田國男全集20』(ちくま文庫)柳田國男(筑摩書房)1990年
(平成2)

▼01大笄、小笄(終わり)

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