『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第10章「臼ヶ岳−檜洞丸」

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▼05:檜洞丸の祠

【略文】
檜洞丸山頂には寒田神社の石祠があります。そもそもここには山伏
が建てたものか、大昔から祠がひとつあったという。いつの時代か、
山頂清掃の時偶然見つけた朽ちた木祠を発見。昭和47年いまの石祠
に建てかえたという。大山祇神(山の神)を主祭神に猿田彦神、大
己貴神をまつっているそうです。
・神奈川県山北町と相模原市の境

▼05檜洞丸の祠

【本文】
 西丹沢にどっしりとした檜洞丸。山頂には石の祠があって、さい
銭や日本酒のワンカップが供えられています。中には石仏のような
穏やかな石神が鎮座し、大山祗神を主祭神に猿田彦神、大己貴神を
祀ってあります。そもそもここには山伏が建てたものか、祠がひと
つあったという。

 いつの時代か山頂清掃の時、偶然に朽ちたその祠が発見されて改
築されました。その後、毎年5月の最終日曜日に行われる、西丹沢
の開山祭の安全登山の祈願場所として、1972(昭和47)年にいまの
祠を建立。

 かつては開山祭は檜洞丸の山頂で開催され、松田総領にある寒田
神社の宮司が登山、祠の前で祝詞をあげていました。そのため、こ
の祠の裏に寒田神社の銘が彫ってはあります。しかし寒田神社の奥
ノ院ではないという。開山祭の儀式はいまはバスの終点で、登山口
でもある西丹沢自然教室の前で行っています。

 この祠の主祭神・大山祇神は、各地の神道の山の神の総元締め。
大きな山に住(祇)む神の意で、富士山に祭られる木花開耶姫の父
親にあたります。かなり以前、主稜をカモシカ山行で檜洞丸を訪れ
たとき、ちょうど檜洞丸の肩にある青ヶ岳山荘で餅つきをしていま
した。

 きょうが開山祭とは気がつかなかったのですが、ちょうど通りか
かり、餅を一臼突くのを手伝い雑煮にありついたことがありました。
これもまた格別な味でありました。



▼【データ】
【山名】
・檜洞(洞は沢の意)の奥にそびえているから檜洞丸。北側の神ノ
川方面では青ヶ岳または彦右衛門の頭と呼ぶ。神ノ川はカモシカが
多く、カモシカのことをアオといい、青ヶ岳はそこからきている。
南側の中川方面では本棚裏と呼ぶ。
【所在地】
・神奈川県足柄上郡山北町と神奈川県相模原市(旧津久井郡津久井
町)の境。御殿場線山北駅の北13キロ。小田急新松田駅からバス・
西丹沢から歩いて3時間で檜洞丸。山頂最高ピークより北西に写真
測量による標高点(1151m)がある。地形図に山名と標高点の標高
・青ヶ岳山荘の記載あり。
【位置】
・【檜洞丸最高点ピーク】緯度経度:北緯35度28分44.02秒、東経1
39度6分9.85秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」か
ら検索)
・標高点:北緯35度28分47.9秒、東経139度6分4.7秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「中川(東京)」



▼【参考】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『かながわの山』植木知司(神奈川合同出版)1981年(昭和56)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「尊仏2号』栗原祥・山田邦昭ほか(さがみの会)1989年(平成1)

 

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