『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第10章「臼ヶ岳−檜洞丸」

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▼01:丹沢・臼ヶ岳

 丹沢主稜縦走の時、蛭ヶ岳(ひるがたけ)から急坂を下り、ミカ
ゲ沢ノ頭を過ぎたところに臼ヶ岳という山があります。檜洞丸方面
へ向かう道を右に見て、少し進むと1460mのピークです。山頂はブ
ナ林に覆われ展望はありません。北面には、神ノ川の金山谷が発し
ています。

 この山には、大正12(1923)年の関東大震災の際の丹沢特有の大
崩壊もあります。直進する不明瞭な道は、ユーシンロッジへ至る臼
ヶ岳南尾根です。

 ところで、山名などによく使われれている「臼」の字は、餅や籾
すりなどに使用する臼を産出するところからの名が多い。そのため、
「臼」を作る材料に適するミズメ、ケヤキ、五葉松などの良材の出
るところということになっています。ところが丹沢の臼ヶ岳に生え
ているのは、ブナの樹林で、モチやモミの木など、臼の材料になる
樹木とはかけ離れたものばかり。


 長野県の松本市安曇の農民で杣人、郷土史家である横山篤美とい
う人が著した、北アルプスの入り口上高地の郷土史『上高地開発史』
という本があります。そのなかに、「上高地杣(そま)語彙(ごい)」
という項目があります。

 それによると「臼」とは木材を急な山から損傷することなく搬出
するための緩衝装置のことだという。フジヅルや木材をならべたり
して、斜面に「く」の字形の滑道をつくります。急な斜面の上方か
ら走ってくる木を、そこにいったん止まらせます。そして木のしり
が滑り木で下に落ちると、向きを変えて次の滑道を下って行かせる
のだそうです。

 『上高地開発史』の著者横山篤美氏と親交のあった『かながわの
山』の著者植木知司氏は同著のなかで、横山篤美氏からの私信にも
「臼という言葉は、上高地だけではなく山村労働者が、かなり広い
範囲に、その搬出技術をもって散らばっていったと想像される」と
あったと述べています。


 そして、「そんなことからこの山は、山で働く木こりたちによっ
て名づけられたものであろう。この山の急な斜面に「臼」をつけて
丸太の搬出をやったことも想像できるし、また、山が厳しいだけに、
まっすぐ登ることは出来ない。

 「臼」のような山道をこの山につけたかもしれない。いずれにし
てもこの臼ヶ岳は、「杣」言葉の山といえよう」と結論づけていま
す。ただ、『日本山岳ルーツ大辞典』には、この山の形が臼形であ
ることによる山名だとしています。


▼丹沢臼ヶ岳【データ】
【所在地】
・神奈川県山北町と同県相模原市(旧津久井郡津久井町)との境。
小田急渋沢駅からバス、大倉から歩いて7時間40分で臼ヶ岳。写真測
量による標高点(1460m)がある。
【位置】
・臼ヶ岳:北緯35度28分35.93秒、東経139度7分35.64秒
【地図】
・2万5千分の1地形図:大山。



▼【参考】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『かながわの山』植木知司(神奈川合同出版)1981年(昭和56)
・『上高地開発史』横山篤美(山と渓谷社)1971年(昭和46)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)

▼01:丹沢・臼ヶ岳(終わり)

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