『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第9章「焼山・姫次・袖平山」

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▼02:黍殻山と君ヶ谷

【本文】
 丹沢の主脈縦走の時、蛭ヶ岳、姫次、黍殻山、焼山の順で必ず通
る黍殻山。近くにはトイレのある避難小屋もあって、宮ヶ瀬湖に注
ぐ早戸川の枝沢井戸沢の源頭の水場も近い。


 「昔、西方を流れる神ノ川ほとりにある長者舎(ちょうじゃごや)
のご前様が、キビをつくったのでキビが原ともいう」そうです。こ
れは、相模市旧津久井郡青根村字(あざ)上青根の老人から聞いた
と「あしなか第60輯」にあります。


 神ノ川の長者(小山田八左衛門丞行村のことか、小山田六右ヱ門
かはっきりしません)が、娘の美しい折花姫と世を忍んでここに住
んでキビをつくっていたとの伝説があるのです。一部の資料に「落
人の折花姫とその夫が、人目を忍び、この近辺に住んでいて、キビ
をつくっていた……」との記述がありますが、折花姫がいつの間に
か結婚したことになっています。


 折花姫といえば、実家はJR大月駅前の岩殿山の岩殿城。父親は
武田二十四将といわれた小山田茂信の従兄弟の小山田八左衛門行村
の娘。小山田茂信が主人勝頼から離反後武田勝頼が自害、武田氏は
滅亡します。その後茂信は、織田信長に殺されます。


 従兄弟の小山田八左衛門丞行村は、必ずや織田勢がここ茂信の居
城岩殿城に責めてくると考え、丹沢を越えて小田原に逃げようと城
を後にしました。行村には折花姫という娘がいました。一行は山深
く、いまの相模市津久井の青野原へ逃げ込みました。


 執拗に追いかける織田軍は、道志川を渡るとき行村一行を発見、
狙撃死亡させました。ここで小山田六右ヱ門という人が登場。なぜ
か折花姫の父親ということになっていて、神ノ川をさかのぼり逃げ
ていきます。この折花姫は平家の落ち武者の娘だとの説もあるとか。


 ま、それはともかく、折花姫は、いまの長者舎(ちょうじゃごや)
と呼ばれるあたりで、若い武将一家に匿われます。しかし、折花姫
はうかつにもぞうりを神ノ川に流してしまい、見つけられ殺された
という。また丹沢蛭ヶ岳の北方、姫次まできましたが逃げきれず、
ここで懐剣をのどに刺して自害したとの話もあります。


 話が長くなりましたが、黍殻山に戻ります。死んだはずの折花姫
が父親とキビをつくっていたという黍殻山。先の「あしなか」には、
「キビガラは、道志方面の方言であって、ウラハグサ(イネ科)の
ことである。西丹沢の菰釣山の最高点を道志村では、「キビガラの
丸」といい、猟師はここを「キビガラのタツマ」と称してシカの猟
場としている」とも記してあります。このあたりはイネ科ウラハグ
サ属のウラハグサが多く生えていた、またはシカの猟場だといいた
いのでしょうか。


 一方江戸時代、東ろく鳥屋村では早戸川流域の山への入会い争い
が多かったという。慶安3年(1650)、鳥屋村から代官あてに出さ
れた訴訟文があります。それには「鳥屋村の境は、不動だけ、ひる
がだけ、はらきみがら、一本づか、焼山、此の峰共境にて御座候」
とあります。このなかの「はらきみがら」が、いまの黍殻山だとい
う。


 また江戸幕府編纂の地誌『新編相模国風土記稿』巻之百二十に、
「○青根村……、君ヶ谷(岐美我也)」「○君ヶ谷峯 麓より頂に至
る、凡(そ)三里餘」とあり、君ヶ谷(きみぎがや)の名前が出て
きます。これらから「きみがら」「君ヶ谷」が転化したのが「黍殻
山」らしい。


 こんなキビガラ、キミガヤ、ハラキミガラですが、『丹澤記』吉
田喜久治氏は、「いったいキミガラとはだれがいいだしたのか。君
ヶ谷も何のことか分からない」とバッサリ。人とも素っ気ありませ
ん。アララ。折花姫伝説も、江戸幕府編纂の地誌も、何とかひとつ
で吹っ飛びました。



▼黍殻山【データ】
【所在地】
神奈川県相模原市(旧津久井郡津久井町)。中央線上野原駅南10キ
ロ。・橋本駅からバスで平丸下車。約2時間で山頂。三等三角点
1272.83m。
【位置】
・黍殻山:北緯35度31分34.89秒、東経139度8分56.6秒
【地図】
・2万5千分の1地形図:青野原。



▼【参考文献】
・『あしなか復刻版・第三冊』:▼「あしなか41輯」(山村民俗の会)
1954年(昭和29)
・『落人・長者伝説の研究』落合清治(岩田書院)1997年(平成9)
・『かながわの山』植木知司(神奈川合同出版)1981年(昭和56)
・『新編相模国風土記稿5』(大日本地誌大系)蘆田伊人校訂(雄山
閣)昭和55年(1980)
・『尊仏2号』栗原祥・山田邦昭ほか(さがみの会)1989年(平成
元)
・『丹澤記』吉田喜久治(丘書房)1983年(昭和58)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)

 

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