『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第9章「焼山・姫次・袖平山」

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▼01:焼山

【略文】

焼山の山頂に建つ3つの祠。ここは以前は鳥屋、青野原、青根の旧

3村の境界で、境界争いによる出火からたびたび山火事が起きたと

いう。そこで村々が集まり境界にそれぞれ石祠を建て焼山権現をま

つりました。これが建ってからは山火事もなくなったという。祠は

それぞれの村の方向を向いて建っています。

 (本文は下記にあります)

▼01:焼山

【本文】

丹沢主脈の末端にある焼山の山頂には3つの祠が建っています。焼

山は江戸幕府編纂の「新編相模國風土記稿」の毛利庄のうち、鳥屋

村の項には「焼山嶽 当村及び青根原青根三村接壌の境上にあるが

故に、三村にて記す」などと記されている山。



ここはいまでこそ相模原市の旧津久井町になっていますが、以前は

鳥屋、青野原、青根の旧3村の境界で、入会地になっていたのだそ

うです。山仕事の村境となればとかく紛争がつきものです。



その上、境界争いによる出火からかたびたびの山火事。山の名前ま

で焼山と呼ばれるしまつ。



このままではいけないと3つの村が集まり、話し合い。境界をはっ

きりさせるためそれぞれの村が石祠を建てたと伝えます。



この祠は3つとも焼山権現という神をまつり、青根社は青根方面を、

鳥屋社は鳥屋方面を、また青野原社は青野原方面を向いて建ってい

ます。これが建ってからは山火事もなくなったということです。



9月の蒸し暑い日に蛭ヶ岳から姫次(ひめつぐ)を経由して祠をス

ケッチに行きました。疲れた体には同じようなものを3つも描くの

は、ちとうんざりです。



祠は建て直されたものもあるのか、青根社には昭和22年の文字が、

鳥屋社には明治32年の銘があり、わきにハートを逆さにしたような

紋が彫ってありました。



■【データ】

▼【山名】

・境界争いによる出火からかたびたびの山火事がでた。


▼【所在地】

・神奈川県相模原市(旧津久井郡津久井町)。中央本線藤野駅の南

方9キロ焼山。

・山頂に二等三角点(1059.6m)がある。・地形図に山名と三角点

の標高の記載あり。付近に何も記載なし。付近を東海自然歩道が通る。


▼【位置】

・三角点:北緯35度32分19.89秒、東経139度09分49.4秒


▼【地図】

・2万5千分の1地形図「青野原(東京)」



▼【参考】

・『かながわの山』植木知司(神奈川合同出版)1981年(昭和56)

・『新編相模国風土記稿』江戸幕府(1830・天保1)編纂の地誌

(巻之121村里部津久井縣巻之6):大日本地誌大系23「新編相模国

風土記・5」編集校訂・蘆田伊人(雄山閣)1980年(昭和55)

・「尊仏2号」栗原祥ほか(さがみの会)1989年(平成1)

 

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