第8章「不動ノ峰・鬼ヶ岳・蛭ヶ岳」

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▼05:蛭ヶ岳の祠

【略文】
かつて蛭ヶ岳には密教での本尊・大日如来の異名の毘留舎那仏をま
つってあったが、いま山荘の前に建つのは木曽の御嶽大神の祠。19
31年(昭和6)、行者の松島華山が勧請祭祀したといい、1993年(平
成5)に御嶽教一心教会の手で再建したものという。
・神奈川県山北町と津久井町との境

▼08-05「蛭ヶ岳の祠」

【本文】
首都圏に近いため人気のある神奈川県丹沢山塊。その最高峰蛭ヶ岳
(ひるがたけ・1673m)。

かつてここには密教での本尊・大日如来の異名の毘留舎那仏(びる
しゃなぶつ)がまつってあり、毘留ヶ岳(びるがたけ)といってい
たという。

またかつて石の薬師如来像がまつってあり、薬師岳と呼び、玄倉か
ら鳥屋集落方面から信仰登山が行われていたという。そのせいか以
前は武州の国多摩郡柚木大沢の竹内富造という人の寄進した薬師如
来の石像などもならんでいたそうですが、誰かが持ち去ったのか、
いまは残っていません。

その石像は初代日本山岳会会長だった武田久吉博士(植物学者)撮
影の写真だけがいまに残っています。

現在、山小屋の前にある祠は、木曽の御嶽山から御嶽大神の分霊を
勧請し、山の繁盛、登山者の安全を願い、1931(昭和6)年御嶽山
行者松島雅山が祭祀したもの。

そういえば祠のわきに「御嶽山、八海山大神、三笠山大神」などの
碑とともに御嶽講の特徴である霊神碑も建っています。

昭和6年、行者の松島華山が勧請祭祀したといいます。平成5年御
嶽教一心教会の手で再建したそうです。


▼【データ】
【山名】
・【異名、由来】:山ヒル説・僧のかぶる毘盧帽子説・毘盧舎那仏を
祀ってある説・植物のヒル類が生えている説などがある。
【所在地】
・神奈川県山北町と神奈川県相模原市(旧津久井郡津久井町)との境。
小田急渋沢駅からバス、大倉から歩いて6時間30分で蛭ヶ岳。写真測
量による標高点(1673m)と蛭ヶ岳山荘と木曽の御嶽大神の祠がある。
地形図に山名と標高点の標高、蛭ヶ岳山荘の文字、建物記号の記載あり。
【名山】
・岩崎元郎選定「新日本百名山」(第35番・神奈川県)
【位置】
・標高点:北緯35度29分10.76秒、東経139度08分20.05秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「大山(東京)」


▼【参考】
・『新編相模国風土記稿』江戸幕府(1830・天保1)編纂の地誌(全
126巻):「大日本地誌大系・第36巻〜40巻」(雄山閣)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「尊仏2号」栗原祥・山田邦昭ほか(さがみの会)1989年(平成1)
・『丹澤記』吉田喜久治(岳(ヌプリ)書房)1983年(昭和58)