第7章「丹沢山・丹沢三ツ峰」

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▼07:天王寺尾根と蜘蛛ヶ淵

【本文】
 丹沢の名をそのまま冠したその名も丹沢山。そこから北東にのびる丹
沢三ツ峰の尾根から、すぐ真東に分岐する天王寺尾根があり、天正寺峠
を経由して札掛方面へ下れます。


 尾根の南側は塔ノ岳から流れ出るオバケ沢、丹沢山を源頭とするキユ
ウハ沢、蜘蛛ヶ淵の頭へ突き上げる蜘蛛ヶ淵沢などが本谷川へ注いで
います。また北側は塩水川系の弁天沢、ワサビ沢、堂平沢などが丹沢三
ツ峰の尾根に突き上げています。


 ある年の初冬、ヤビツ峠から入り、札掛、天王寺尾根経由で堂平沢で
野宿の訓練、丹沢山から三ツ峰を下り、宮ヶ瀬へ降りたことがありました。
堂平沢では小さな焚き火を囲みうたた寝をするのですが、夜がやたらに
寒い。それもそのはず、翌日丹沢山に登ったら雪で一面が白くなってい
たのでした。


 それはともかく、この尾根の南側には変わった名前の沢がならんでい
ます。オバケ沢は別の項(新丹沢ものがたり03-08)で記載してあります。
キュウハ沢とは、木材を伐って運び出す道具「キウマ」ではないか(『丹澤
記』)との説があります。終戦直後、米軍機がここに墜落、その残骸が名
物になっていたこともありました。


 そのとなりにあるのが蜘蛛ヶ淵沢。ここには蜘蛛ヶ淵という深い淵が口
を開けているという。その昔はここは多くの渓流魚がすんでいたところで、
猟師たち自慢の秘密の釣りの場所だったらしい。蜘蛛ヶ淵といえば各地
に同じような伝説があります。


 ほとんどが「川の淵や滝で釣りや昼寝をしていると、水から蜘蛛が出て
来て足に糸をかける。不審に思って糸を近くのヤナギの大木などにつけ
かえる。それを何回もくりかえされたあと、突然、大木が淵のなかに引きず
り込まれる」というもの。まさに蜘蛛ヶ淵です。柳田國男も「桃太郎の誕生」
のなかで触れています。


 ここ丹沢山ろくの藤野町でも同様の話があります。その話を、蜘蛛ヶ淵
沢の蜘蛛ヶ淵に置き換えても不自然ではありません。地元生まれの栗原
祥氏(尊仏山荘「さがみの会」)は「尊仏2号」の冊子のなかで、天正寺尾
根の蜘蛛ヶ淵にちなみ、次のような話を取り上げています。


 「昔丹沢のふもとに名人といわれた猟師がいました。その日も山から谷
へと半日かけめぐって、猟師はさすがに疲れ、とある淵の岩の上に、ひと
休みと腰をおろしました。するとにわかに眠気を催して、いつしかぐっすり
と眠り込んでしまいました。


 どれほどの時間が経ったか、猟師はフト足の指先にむずがゆさを覚え
て目をさましました。みると足の親指に白く光る糸のようなものが巻きつい
ています。その糸は水の中へとのびているのでした。


 「はてな?」不思議に思った猟師は、そのままジッと見つめております
と、水の中から大きなクモがあらわれて、猟師の足の指に糸をかけ、水の
中にもぐります。そしてまた糸をかけてと、くりかえしているのです。


 「これはなにか恐ろしいことが起こりそうだ」。そう思った猟師は、クモに
気づかれないように、ソーッと糸を足の指からはずし、かたわらの木の根
っこにかけ替えました。


 その時です。いままで何重にもからめられていた糸が、ピーンと張った
かと思うと、ひと抱えもある松の大木が、一気に淵の中へ引き込まれたの
です。ビックリした猟師はありったけの早さで、後も見ずに逃げ出しまし
た。


それからはだれもその淵には近づくものはいなかったということです。この
話は秦野や津久井にもあります」。おそらく昔は、本谷川流域、ことに蜘
蛛ヶ淵沢は、こんな話が起きそうな幽閉とした所だったにちがいありませ
ん。



▼天王寺峠【データ】
【所在地】
・神奈川県愛甲郡清川村。小田急秦野駅からバスヤビツ峠。歩いて札掛
経由3時間で天王寺峠。
【位置】
・天王寺峠:北緯35度27分59.63秒、東経139度12分15.49秒
【地図】
・2万5千分の1地形図:大山



▼【参考文献】
・『神奈川の伝説』永井路子ほか(角川書店)1977年(昭和52)
・『尊仏2号』栗原祥・山田邦昭ほか(さがみの会)1989年(平成元)
・『丹沢』(ブルーガイドブックス25)奥野幸道(実業之日本社)1962年
(昭和37)
・『丹澤記』吉田喜久治(丘書房)1983年(昭和58)
・『日本伝説大系5・南関東』(千葉・埼玉・東京・神奈川・山梨)宮田登ほ
か(みずうみ書房)1986年(昭和61)
・『柳田國男全集10』(ちくま文庫)柳田國男(筑摩書房)1990年(平成
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