第7章「丹沢山・丹沢三ツ峰」

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▼02:丹沢三ッ峰と幻の早戸大滝

【本文】
 東丹沢の主脈にある丹沢山から北東へ延びる尾根「丹沢三ツ峰」。こ
の尾根を境にして,、西側が相模原市(旧津久井郡津久井町)、東側が
清川村です。地形図には、山の名前を丹沢山から北東へ、瀬戸沢ノ頭
を除いて、西峰、中峰、東峰と記載されています。


 西峰というのは太礼ノ頭、中峰が円山木ノ頭、東峰にあたるのが本間
ノ頭。なるほどがん首がならんでいます。これらの名は、尾根の西側(相
模原市側)を流れる早戸川からそれぞれのピークに突き上げる枝沢「太
礼沢」、「円山木沢」、「本間沢」の名からきているという。


 ところが昭和14、5年(1939、40)ごろに、地元がいまの瀬戸沢ノ頭
に「三ツ峰西峰」の標識を立てました。そして太礼ノ頭に「三ツ峰中峰」、
ひとつとばして(円山木ノ頭)、いまでいう本間ノ頭に「三ツ峰東峰」の標
識を立てたという。


 瀬戸沢ノ頭は、いまの丹沢三ツ峰には入っていません。ということは北
側の山ろくでは、三ツ峰とは呼ぶけれど「瀬戸沢ノ頭」はおろか、「太礼ノ
頭」とか「円山木ノ頭」、「本間ノ頭」などとは呼んでいないことになってしま
います。


 ところで、明治、昭和にかけての登山家、武田久吉博士は、東側の清
川村中津川支流の「布川方面では三ツ峰と呼ばれる」といっています。た
しかに東南のヤビツ峠方面からは3つのピークがはっきり分かります。で
は、各ピークの名を東側清川村方面の呼び名だとしても、東側の村人が
わざわざ尾根の西側の沢の名をつけるでしょうか。


 清川村方面で名前をつけるとすれば、東側からそれぞれのピークに突
き上げる沢名、「ワサビ沢」、「弁天沢」、「桶小屋沢」とするのが自然です
(『丹澤記』)。そんなことから著者は、「山登り関係が右へならえ式にいっ
ている」らしく、どうも「こさえもの」のような気がすると、疑問を投げかけて
います。


 その丹沢三ッ峰のひとつ、太礼ノ頭のあたり、地図を見ると西側早戸
川支流の大滝沢に、「早戸大滝」という滝があります。この滝は日本の滝
百選に入っている「まぼろしの滝」。滝の高さはおよそ50m。途中2段に
なっており、上段が40m、下段が10m。上段の中間に大岩が突きだし
ていて、流れがその岩にかくれて、全体が見えないため、「まぼろしの滝」
というのだそうです。


 滝の高さはおよそ50m。途中2段になっており、上段が40m、
下段が10m。上段の中間に大岩が突きだしていて、流れがその岩
にかくれて、全体が見えないため、「まぼろしの滝」というのだそ
うです。


 早戸川に沿った林道終点「伝道」にこんな看板があります。「早
戸大滝までは厳しい道のりです。危険な箇所も多く細心の注意が必
要です。早戸大滝への登山に関する注意点。・県営早戸川林道終点
(伝道)より雷平までは、主に林業者等の作業用に使われている険
しい山道になります。


 ・老朽した木橋、路肩が崩れた場所、岩場のロープなど危険な箇
所があります。・川に架けた丸木橋も、増水等で流されて利用でき
ない場合もあります。・雷平からは、大滝沢を進みまさす。河原を
歩き、渡渉を繰り返すことになりますが、丸木橋などはありません。
・降雨等による増水時には登山を中止することをお勧めします」と
の注意書き。


 この滝は、丹沢の三滝(中川川支流西沢の本棚、玄倉川支流同角
沢の遺言棚・ゆいごんだな)のひとつに数えられているほどの名瀑。
古くは鳥屋方面の人たちが、丹沢山と不動ノ峰の鞍部(つるべ落と
し)経由で、丹沢山に登るコースとして道をつくったそうです。


 これは丹沢山、蛭ヶ岳への信仰登山のためであり、1940年(昭
和15)ころまでは、大滝沢上部から尾根に取りつくあたり、毎年
初夏には刈り払いまでしたのであったそうです。不動ノ峰に、不動
さまが勧請されていたころ、参詣者はこの大滝で垢離をしてから登
ったという。


 ここはは丹沢に残された唯一の未登の滝といわれていましたが、
1961年(昭和36)11月、18本のボルトを打ち込み、26時間をか
けて完登されたと、奥野幸道氏(『丹沢』ブルーガイドブック)は
述べています。ここ早戸大滝は、津久井(いまの相模原市鳥屋村)
集落の農民が、干ばつの時に雨乞いをしたところ。2011年(平成23)
ころには、先の伝道にあった看板に雨乞いについてこんなことが書
いてありました。


 「ある年の夏、日照りが続き農作物がほとんど枯れてしまい、困
った村人は集まって話し合いました。そのうち、一人の老人が「大
滝にわらじと馬の骨を投げ込めば雨が降ると聞いたことがある。滝
へ行ってみよう。」といい、翌朝、村人はわらじと馬の骨をかつい
で大滝に出かけていきました。


 そして、それらを滝に投げ込みました。すると、急に雨雲がわい
てきて大粒の雨が降り、農作物もどうにか助かり村人は大変喜びま
した。昔からこの滝は「雨乞いの滝」といわれています。(津久井
町郷土誌より)」あります。


 雨乞いの方法はどこでも似通っていて、滝壷に馬の死がいや、不
浄なものを投げ込んだり、棒でかき回して滝壷におわす竜神・水神
を怒らせて雨を降らせようとします。ここも同じ方法ですが、ここ
はそれだけでは効果がなく、修験者を頼み雨乞いの行法を行うとい
う。


 雨乞いは昭和34年(1959)ころまで行われ、最後の雨乞いは地
元鳥屋の修験者、山崎梅吉翁によって行われたと聞いていると、「さ
がみの会」の栗原祥氏は「尊仏2号」の中で書いています。



▼早戸大滝【データ】
【所在地】
・神奈川県相模原市津久井町の早戸川上流。
【位置】
・標高点:北緯35度29分16.86秒、東経139度9度38.62秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「大山」(確認済み)



▼【参考文献】
・『尊仏2号』栗原祥・山田邦昭ほか(さがみの会)1989年(平成
元)
・『丹沢』(アルパインガイド23)羽賀正太郎(山と渓谷社)昭和38
年(1963)
・『丹沢』(ブルーガイドブック)奥野幸道(実業之日本社)昭和45
年(1970)
・『丹沢』(アルパインガイド37)羽賀正太郎(山と渓谷社)昭和55
年(1980)
・『日本歴史地名大系14・神奈川県の地名』鈴木棠三ほか(平凡社)
1990年(平成2)