第3章「丹沢表尾根」

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▼08:新大日岳・木の又大日

【本文】
 丹沢表尾根の新大日岳は、行者ヶ岳と塔ノ岳の間にあります。東側の
札掛地区方面からのびてくる長尾尾根と、表尾根の接点にもなる場所。
標高1340m。

 この山の北側からは、大日沢が発し、オバケ沢と合流し、本谷川となっ
て中津川に注いでいます。南側は水無川の源流になります。頂上には小
屋があって、その前のベンチで腰をかけて休む登山者も多い。

 大山を行場とした丹沢の修験のひとつ日向修験が、丹沢山中の入峰
(にゅうぶ)修行をする時の作法を記した、『峰中記略扣』(ぶちゅうきりゃく
ひかえ)という文書の木ノ又大日の項には、「夫(それ)(行者ヶ岳のこと)
ヨリカヤノヲ上リ大日尊有(り)、札納是(これ)ヨリ峰ニ登ルト塔ノ峰也」と記
されています。

 修験道の本尊である大日如来が、この新大日か、またはとなりの木ノ
又大日にまつられていたらしい。考えられるのは最初に、いまの木ノ又大
日の大きなブナの木に大日如来をまつり、そのあとで新大日に同じ如来
をまつったのではないか。そのためこの山頂には「新」の文字をつけたの
だろうとされています。

 このあたりには、ブナやヒノキの樹林や、ミツバツツジ、ゴヨウツツジ、ウ
リハタカエデやイタヤカエデなどもみられます。ちなみに気になるのは新
大日を源に発する大日沢が合流する「オバケ沢」の名前です。これには
次のような話が残っています。

 明治30年(1897)のころ、地元の猟師前川京太郎が獲物を求め、札
掛地区の近くから塩水川出合から左へ入り、小さい沢をさかのぼっていき
ました。お上から山林討伐見張り役を任されているこの猟師も、ふだんは
あまり行かないところでした。

 前方の岩場に若い娘がたたずんで、こちらをボンヤリ見ているのを見
つけました。娘はなかなかの美人でしたが、髪は乱れ、おまけにはだしで
した。娘に近づいて、何回も話しかけてみましたが、黙ったきり返事もしま
せん。

 「女ひとりでこんな場所にいてはいけない」。猟師は困った末、「あした
迎えに来るからここから動かないように」といって、ひとまず下山したとい
う。次の朝早く、来てみると娘の姿がありません。大きな声で呼びましたが
帰ってくるのはこだまだけでした。

 さすがの猟師も薄気味悪くなり、不本意にも帰ってしまったのです。そ
れでも家に帰ると娘のことが気にかかりだし、その日の夕方、地元の警察
・大磯警察署秦野分署に届け出ました。

 分署で調べたところ、足柄上郡井ノ口村のお寺の娘さんが10日ほど
前に家出、住職が捜索願を出そうとしているところだったことが判明。家
出の原因は、まとまりかけた縁談がある人の中傷でこわれてしまい、それ
を悲観してのことらしいとのこと。

 娘の家族は、村の青年会や檀家の人たちに頼み、猟師が見かけた山
の付近を捜索して貰うことになりました。発見者の猟師の前川さんの案内
で、3日ほど捜しまわりましたがとうとう見つかりませんでした。

 当時、このあたりにはオオカミが群れをつくっていたことから、結局、娘
はオオカミに食われてしまったのだろうといういうことになりました。村人の
心ないひとりが、はだしで髪をふり乱した娘の姿を「オバケ」のようだった
などといいだしたのか、この沢を「オバケ沢」とか、「オバケの沢」と呼ぶよ
うになってしまったということです。


▼新大日【データ】
【所在地】
・秦野市と愛甲郡清川村との境。小田急小田原線秦野駅の北北西10
キロ。小田急渋沢駅からバス大倉下車、約4時間15分で新大日山頂。
標高1340m。
【位置】
・新大日岳:北緯35度27分1.15秒、東経139度10分32.11秒
【地図】
・2万5千分の1地形図:大山


▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『かながわの山』植木知司(神奈川合同出版)1981年(昭和56)
・『修験道の本』(学研)1993年(平成5)
・「尊仏2号」栗原祥・山田邦昭ほか(さがみの会)1989年(平成元)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『峰中記略扣』常蓮坊