第3章「丹沢表尾根」

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▼05:表尾根・烏尾山尾根の石仏

【略文】
丹沢表尾根から水無川にのびる烏尾尾根。ある夏の日曜日、小学
2年の息子と尾根を登ると石仏が木立のなかにたたずんでいます。
文字は風化して読みとれません。さっきいっしょだった学生たち
が新茅の沢を登ってきて息子に次々と声をかけながらかけおりて
いきました。

▼05:表尾根・烏尾山尾根の石仏

【本文】
 首都圏から近く、明るい丹沢の表尾根は丹沢山塊の入門コース
とて人気バツグン。子どもからご老人まで、いつもにぎやかです。
烏尾山は、どっしりとした三ノ塔と鎖をつり下げた行者ヶ岳の間
にあり、山頂には烏尾山荘があって、展望もよく、表尾根縦走の
人や新茅ノ沢を登ってきた人たちが休むのに絶好の場所になって
います。

 別名をカラヒゴの頭・カヤヒゴ山・クビヌキノ岳とも呼んでいます。水無
川の支流新茅ノ沢(別名カラヒゴ沢)が、烏尾山の西面を源流としている
ため、カラヒゴの頭なのだそうです。これが転じて、「からすお」となり烏尾
の文字が当てられたという。カラヒゴは植物のことで、ヒゴとはカヤツリグサ
科の多年草で、細い茎がちょうど竹ひごの感じの草だそうです。

 日向山霊山寺修験(日向修験)常蓮坊の、丹沢奥駆けの作法を書き
留めた『峯中記略扣』(ぶちゅうきりゃくひかえ)という古文書があります。
それには、日向薬師−大山−表尾根−塔ノ岳−丹沢山−蛭ヶ岳−(丹
沢主脈)−青根−帰院というルートをたどると書いてあります。

 そのなかに烏尾山の部分は、「是(門戸口)ヨリ立出烏ケ尾ト云山ニ上
リ三リ程也是迄烏二羽ニ而送候故烏ケ尾也此山上ニ蔵王権現石仏有是
ニ札納法示祓シ夫ヨリ向ノ峰ニ移リスズノ中ヲ暫ク行尊仏云所ニ出札納
是江一宿祓シ是ヨリ西ノ方ヨリ北エ行大キナル岩ノ上ニ役ノ行者有」。

 およそこんな具合です。「大山から門戸口へ出た行者たちは、烏ヶ尾
(烏尾山)に登る。烏尾山には昔、修行をする行者たちを2羽のカラスが
見守ってくれたという伝説があり、そこからその名がついた」。

 「この山の上には、蔵王権現の石仏があって、これに札を納めてお払
いをすます。さらに向ノ峰(向こうの峰)に移って、スズタケの中を行くと前
尊仏(塔ノ岳の遙拝所)に出る。ここで札を納め、お祓いをして一泊する」
とあります。

 ただ、この部分についてこんな説もあります。ここでいう「烏ヶ尾」はいま
の烏尾山ではなく、三ノ塔(1204.8m)を指していると考えた方が自然だと
いうのです。「三ノ塔の北東に延びる尾根から三ノ塔の北側斜面に出る
と、「向ノ峰」の烏尾山(1136m)が視界の正面に飛び込んでくる。

 日向の山伏はこの日、翌日から始まる厳しい抖撤行に備えて水行で
身を清め、これから向かう聖地への遥拝を行う必要があったのだ。「尊
仏」とは表尾根の中でも重要な聖地 塔ノ岳の別名でもある。

 烏尾山から水無川の谷に向かって尾根をしばらく下ると、かつてはヒゴ
ノ沢へ降りる道が通じていた塔ノ岳の遥拝地がある。いまは植林に囲ま
れて遥拝もままならず、塚と馬頭観音がひっそりと立っている(『丹沢の行
者道を歩く』城川隆生氏著)というものです。

 たしかに、「あしなか41輯」(山村民俗の会)にも、「昔は烏尾根に入
り、十三曲の尾根へと下り、ヒゴノ沢を突っ切り三ノ塔尾根の突端をかす
めて、字山居(さんきょ)へ辿(たど)り、戸川村へ出たものであったという。
途中烏尾山から十三曲の尾根に、いまでもヒゴノ観音、または十三曲の
観音様と呼ばれる石像があって、尊仏山(塔ノ岳)への賽路をあげた」と
書かれています。

 もうン10年も前のある夏の日曜日、小学2年生の息子を連れて
新茅ノ沢を沢登りしようと出かけました。暑い日、水無林道はジ
リジリと太陽が照りつけていました。林道から新茅ノ沢にはいる
とウソのような涼しさ。息子は最初の滝で水遊びで夢中です。一
向に気分が盛り上がってきません。

 まだ沢登りはちょっと無理かと、烏尾尾根を登ることにしまし
た。途中、石仏がうす暗い木立のなかにひっそりとたたずんでい
ました。聞こえるのは沢の音と鳥の声。かなり古いものか彫って
ある文字が風化して読みとれません。

 かがみ込んでスケッチしていたら、さっき水無川林道でいっし
ょだった学生のパーティーが新茅の沢を登って降りてきました。
そして小学2年生の息子に次々と声をかけながら、尾根をかけお
りていきました。


▼【烏尾尾根データ】
【所在地】
・神奈川県秦野市。小田急小田原線秦野駅の北北西8キロ。小田
急秦野駅からバス、ヤビツ峠から歩いて40分で旧ヤビツ峠。また
2時間30分で烏尾山。標高点(1136m)がある。地形図に山名と標
高、鳥尾山荘の記載あり。
【位置】
・標高点:北緯35度26分23.12秒、東経139度11分6.41秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「大山(東京)」


▼【参考】
・『あしなか復刻版・第三冊』:「あしなか41輯」(山村民俗の会)1954年
(昭和29)
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『かながわの山』植木知司(神奈川合同出版)1981年(昭和56)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『峰中記略扣』日向薬師常蓮坊