第2章「ヤビツ峠とその周辺」

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▼01:ヤビツ峠

【本文】
 丹沢表尾根縦走の登山基地で、大山への裏口登山口としておなじみ
のヤビツ峠。西へは丹沢表尾根から塔ノ岳へ至り、東へは「イタツミ尾根」
を経て大山に至ります。その鞍部にヤビツ峠はあります。

 この峠には駐車場やトイレ、売店もあり、冬期以外はバスの運行があっ
て、多くの人たちが訪れます。ところで地図などには、カタカナでヤビツ
峠になっていますが、漢字では「矢櫃峠」と書くという。

 この峠は新しい峠。本当のヤビツ峠は、ここの西方、(岳の台の中腹)
にあり、秦野地区と札掛地区を結ぶ間道の峠になっていました。そこは
旧ヤビツ峠ともいい、いまは廃道になっています。かつてこの旧ヤビツ峠
を改修中、峠の付近から戦で矢を入れる櫃(矢櫃)が発掘されたためそ
の名があります。

 このあたりは戦国時代、小田原の北条と甲斐の武田氏との間で、烈し
い戦が何回か交わされ、双方ともおびただしい死者が出たと伝えられて
います。矢櫃はその時使われたものと思われます。

 新ヤビツ峠は1934年(昭和9)に、丹沢林道が開かれたのに伴ってで
きたもの。新しい車でも通れる峠ができれば、古い峠は通る者がいなくな
ります。旧ヤビツ峠は廃道になってしまいました。しかしいまでもその痕跡
はあり、旧峠の南には岳の台からの尾根がのび、中腹には昔の峠道が深
い樹林の中に消えています。

 これら丹沢林道開発のなかで、地元の人の涙ぐましい努力があったこ
とを忘れてはなりません。1931年(昭和6)〜1932年(昭和7)につくられ
た蓑毛からヤビツ峠への「柏木林道」の開発があります。ヤビツ峠でバス
に乗り遅れたりした時お世話になる登山道です。

 これがあるのはひとえに、秦野の柏木幹太氏親子の力のたまもの。代
々が大山の先導師であった親子は、秦野町から蓑毛に至る県道や丹沢
林道(県道秦野津久井線)の実現のため、神奈川県に陳情を繰り返すの
でありました。同時に私財を投じてついに柏木林道を完成させたので
す。これが、幅2m、全長2412mの柏木林道です。

 それを記念して蓑毛のバス停脇には柏木幹太氏の歌碑が建っていま
す。歌碑には、「この山の ひとつをぬきて生きがひの ややにありとは
 みづからもおもふ」と刻まれています。横の子どもの像は、「東京少年
キャンプ連合発祥の地」のもの。

 1958年(昭和33)になり、秦野郷土文化会の呼びかけにより、歌碑の
となりに顕彰碑が建立されたものだそうです。なお、蓑毛橋から金目川沿
いにヤビツ峠へ向かって登っていくと常夜灯があります。この常夜灯は
1804年(文化元)に造立された塔で、右は大山道、左が柏木林道との道
標が建っています。この林道を完成させた柏木幹太氏は、父の米吉氏と
ともに、蓑毛の林道整備に努力したのでした。

 蓑毛から柏木林道に入り、しばらく登って行き、沢を渡り右手のわき道
を10数分行くと、「髭僧の滝」があります。周辺は雑木林で流れ落ちる姿
は神秘的です。「髭僧の滝」はその昔、秦野市蓑毛の宝蓮寺大日堂の
「春獄」という僧が修行した滝だそうです。春獄は胸まである長い髭が生
えていたということです。

 またさらにヤビツ峠方面に登ると、右側斜面は一面のミツマタの花で埋
まります。秦野駅からのバスは、蓑毛を経由して丹沢林道をヤビツ峠をめ
ざして登っていきます。途中に「菜ノ花台」という停留所があります。あまり
バスから降りる人はいませんが、ここから見下ろす秦野盆地の眺めが素
晴らしい。サクラの並木が春の楽しみのひとつになっています。


▼ヤビツ峠(新)【データ】
【所在地】
・神奈川県秦野市。小田急小田原線秦野駅の北7キロ。小田急小田原
線秦野駅からバス。(標高761m)。丹沢山地東部の春岳山の山腹にあ
る。丹沢林道が越える。駐車場、トイレ、売店がある。
【位置】
・ヤビツ峠:北緯35度25分39.97秒、東経139度13分9.66秒
・標高点:761m。
【地図】
・2万5千分の1地形図「大山(東京)」


▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『かながわの峠』植木知司(神奈川新聞社)1999年(平成11)
・「尊仏2号」栗原祥・山田邦昭ほか(さがみの会)1989年(平成1)
・『丹澤記』吉田喜久治(丘書房)1983年(昭和58)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)