『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第1章「大山と大山三ッ峰周辺」

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▼12:大山のデーラボッチ

【本文】

 大昔、天を突くような大男がやってきて全国を飛びまわったり、

大量の土を運んできて富士山をつくったりしたという。その時、「も

っこ」からこぼれ落ちた土で、あちこちに山ができたという。また

大男が歩いた足跡の凹みに、水が溜まって池や沼になったなど話が、

各地に数多く伝わっています。



 大男の名はデエラボッチ(大太法師)とか、ダイダラボッチ。そ

のほかダイタイボウ(茨城県)、ダイタボッチ(東京・埼玉)ダイ

ダラホウシ(栃木県)、ダイテンボウ(会津地方)、デイラボッチ(長

野県)、レイラボッチ(山梨県)、ダンダンボウシ(富山県)、ダタ

ンボウ(三重県)、ダイダラボウ(香川県)、ダイタボウ(愛知県)、

デーデッポー(千葉県)など、いろいろとなまって呼ばれています。



 ここ丹沢の大山にもデイラボッチ(大太法師)の伝説があります。

昔々、デイラボッチ(大太郎法師)という巨人が、富士山を背負っ

て西の方から、東の方の国へ向かって旅をしていました。いくら天

を突く巨人といっても、富士山を背負っているのですから重いわけ

です。



 神奈川県相模国に着くころは疲れてきました。一休みしたいと思

って見ると、腰掛けるのにちょうどいい高さの山があります。大山

です。デイラボッチは、それに腰をかけて、背負っていた富士山を

後ろにおろして休み、長い両手をのばして、足元の相模川の水をす

くって幾杯も飲みました。



 しばらく休んだあと、「どっこいしょ」と立ち上がろうとしまし

たが、富士山は動きません。「根っこでも生えたか」とさらに力を

入れて、ググッと立ちあがると、両足はズブッと土に踏み込んで窪

地になります。背負い縄がプツッと切れてしまいました。



 「しまった」。背負い縄の替わりに「藤づる」を使おうと、相模

原の台地で探しましたが見つかりません。仕方なくデイラボッチは、

富士山を置きっぱなしにして旅をつづけて行きました。こうして両

足が踏み込んでできた窪地は池や沼になったという。



 これがJR横浜線の淵野辺駅の近くにあった鹿沼と、しょうぶ沼

であるという(いまは埋められてしまいました)。それからという

もの、相模原台地に藤づるは生えないということです(『相模原の

伝説』)。また口惜しがって、地団駄を踏んだというので、一名「じ

んだら沼」ともいう。



 別の話ではデイラボッチが、富士山を引き寄せようとして、富士

山の頭に藤づるをしばり力を入れて引っ張りました。引っ張るたび

に藤づるが切れて、とうとう相模原中の藤づるを使い切ってしまい

ました。そのため、相模原には藤づるが生えなくなってしまいまし

た。



 その時、富士山の頭がちぎれて飛んできました。そして大地に落

ちてできたのが城山の宝ヶ峰だということです。また、鹿沼を越え

て上の原に出ると、一名ふんどし窪といわれる幅109mほどの南北

に連なった窪地があります。これはデイダラボッチが「六尺ふんど

し」を引きずった跡だという。



 この巨人をなぜ大太法師やダイダラボッチというのかについて、

江戸時代から「大太坊蹤(だいたぼうあしあと)」(山崎美成)や「大

太法師弁」(明和舟江)、「怪談几弁・かいだんきべん」という本な

どで論じられていました。ですが結局は、「愚量の及ぶところにあ

らず」ということになっているのだそうです。



 現代でもタラは貴人の呼称だとする説(柳田国男)、タタラと関

連して鍛冶屋の伝播説、アイヌ語のダイ(小山)とタラ(背負う)

で「小山を背負う」意味から生まれた巨人名。その他台湾の伝説か

らきているとか、はたまたギリシャ神話まで引っ張り出して説明し

ようとする説まであります。



 そもそもデデイダラボッチのような巨人は、『古事記』や『日本

書紀』など神話にも登場します。伊耶那岐(いざなぎ)神、伊耶那

美(いざなみ)神の二神の、「大八洲(おおやしま)誕生譚」や、

大己貴の神(大国主神)の「出雲の国引き神話」がそれです。



 古くは神は、非常に大きな姿と考えられていたらしい。大きな存

在であったからこそ、「天地創造」または「近郊の地勢」も成立し

えたわけです。しかし、その神々への敬いの心が信仰心が希薄にな

るにつれ、次第に笑い話化して、鬼や天狗、またはダイダラボッチ

へと変質したのだとされています。



▼大山【データ】

【所在地】
・神奈川県伊勢原市と厚木市・秦野市との境。小田急小田原線伊

勢原駅の北6キロ。小田急伊勢原駅からバス、大山ケーブル駅か

らケーブル利用下社駅下車、さらに歩いて1時間30分で丹沢大山。

三等三角点(1251.7m、現地確認)と写真測量による標高点(1252

m・標石はない)と阿夫利神社奥社と電波塔がある。地形図に山名

と三角点の標高、標高点の標高、阿夫利神社の建物の記号と電波塔

の記号の記載あり。

※「地図閲覧サービス」と「電子国土ポータルWebシステム」地形

図には三角点と標高点があるが、「基準点成果等閲覧サービス」地

形図には両方とも記入がない。


【位置】

・大山標高点:北緯35度26分27.09秒、東経139度13分52.22秒

・大山三角点:北緯35度26分26秒.9251、東経139度13分53秒.1146


【地図】

・2万5千分の1地形図「大山(東京)」



▼【参考文献】

・『日本大百科全書・7』(小学館)1986年(昭和61)

・『世界大百科事典7』(平凡社)1972年(昭和47)

・『日本伝説大系5・南関東』(千葉・埼玉・東京・神奈川・山梨)

宮田登ほか(みずうみ書房)1986年(昭和61)

・『日本の民俗14・神奈川』(第一法規出版)1974年(昭和49)

・『日本の民話6』房総編・神奈川編(未来社)1974年(昭和49)

・『日本未確認生物事典』笹間良彦著(柏美術出版)1994年(平成

6)

・『民間信仰辞典』桜井徳太郎編(東京堂出版)1984年(昭和59)

 

 

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